第2話・家庭

「ん…んぅっ…?」


 徐々に意識が覚醒していく朝。だがそれでも、目がしょぼしょぼして開かない。無意識のうちに手を伸ばし、いつもならベッドに無いはずの感触を確かめる。


「ん?」

「あっ…んっ…そこっ…あっ…」

「っ!?」


 親に聞かれたく無いランキングワースト一位のセリフ。それに驚き目を開くと、そこには制服姿の天音の姿。


「なっ…!?」

「おはよ、修斗」


 小さく微笑みかけ、俺の保護欲を煽る。抱きしめたい欲求を堪え、言葉を返す。


「何してんだよお前…!」

「何って…誘惑?」

「この野郎…!」


 怒りたくとも怒れない。これが惚れた弱みという奴だろうか。というか、なんで俺の部屋に勝手に侵入してきているんだろうか。


「だって折角恋人になったんだし〜、ちょっとくらい…ね?」


 妖艶、という単語が似合いそうな笑み。それが、俺の男としての欲求を刺激する。

 そして、やられっぱなしは性に合わない、という理由で…俺は天音の上に跨る様な体制になった。


「あ、し、修斗…?」

「天音…分かってんのか?俺はお前の事が好きだった。その状態で恋人になって、そんで誘惑して来た」


 そんなの、飢えた肉食獣の目の前にウサギを放り込んだ様なものだ。喰うに決まってる。


「ふふっ、やった〜。誘惑成功」

「成功だよ、クソが」


 強力な磁力に引き寄せられるかのように、俺と天音の顔が徐々に近づいていった。そして…唇が軽く触れる程度の、軽いキス、いや、俺からすればとても重い、とても幸せなキスをした。


「ははっ…やっちゃったね」

「あぁ…」


 まるで、依存性の高い麻薬のような快楽物質が頭の中を駆け巡る。もう一度行いたいという欲求が、体を支配する。


「天音、もっかい」

「うん、私も同じこと考えてた…」


 そして、もう一度、軽く触れるだけのキスをした。


………

……


「ん?どうしたお前ら、2人とも顔赤いぞ」


 二階から降りると、親父が痛いところを突いてくる。だが俺らは、顔を逸らすことしか出来なかった。


「まぁまぁ、こういうのは大人が口出しすらものじゃ無いでしょ。空」

「ん…?あぁ、そういうことか」


 親父は変に納得したように頷き、まるで何事も無かったかのようにコーヒーを口に運んだ。


「青春ねぇ…私らが学生の時も、ガンガンしてたものねぇ…」

「ぶふっ!!アリスさん!?アンタ息子の前で何言っちゃってくれてんですかねぇ!?」


 いつも無愛想な親父だが、母さんと絡む時だけこんなふうになる。ほんっとお似合いのカップルのように見えるが、親同士のイチャラブを見せつけられても…ねぇ?


「いい?天音ちゃん、多分修斗もウチの旦那と同じで、こっちが責めたらやり返しのカウンタードSになるタイプだから、ガンガン行くのよ!」

「はい!師匠!」


 ビシッ!と敬礼する天音に、もはや俺は言葉が出なかった。なんだよカウンタードSタイプって。なんかの武器かよ。


「お前も苦労してるな…修斗」


 親父が死んだ目で俺に告げてくる。もしかしたら、親父も同士なのだろうか。


「親父の学生の頃も…母さんに振り回されてたの?」

「あぁ…これ以上ないほどに振り回されたよ…」


 俺は親父をこれ以上ないほどに尊敬した。


………

……


 朝食を食べ終えて、俺と天音は一緒に学校に登校していた。


「あはは!相変わらず仲が良い両親だね!」

「あぁ…でもま、息子の前で惚気られるのは…少しキツイけどな」


 親父も母さんも、ありえないほど若く見える。そりゃもう二十代と言われてもなんら不思議はないくらい納得してしまう。特に母さんは二十代前半って言われても何も知らなければ納得しそうだった。


「私らも、あんな風になれたらなぁ…」


 その言葉の意味を理解するのに数秒必要だった。そしてそれを理解した俺は…天音と顔を見合わせた。


「……あ…」


 天音はそれを無意識に言っていたらしい。俺と目線が合わさると、みるみるうちに顔が赤くなる。


「ち、違…!いや、違う…事はないけど…!そ、その今のは無意識というか…!」

「あぁ、そうなると良いな」


 ずっと好きだった女とそうなるのは、悪くない。というかむしろ最高の喜びだ。


「あっ…ぁ…うっ…ぁ…」


 顔がより一層赤くなって目をぐるぐると回し、動揺の頂点に達した天音であった。

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