56話 秋樹を追って飛び出した。

「ねークロウお腹すいたー。もうお昼すぎてるし、なにか作ってよー。夏姉なつねえもお腹すきすぎて、『そこら辺を歩いてる人間を食べちゃいそうだ』って言ってるわよー?」


「一文字も言ってねえけどッ!? てか、あたしはまだ腹減ってねえよ。肥満体のさくらとちがって燃費がいいんだ、あたしの身体は」


「はい、ライン越え。私に対する肥満体は世界規模のライン越えです。この『越えた』って文字を変換しようとしたら『肥えた』って候補が一番最初に出てくるぐらいのライン越えです、これは。罰として、私の脇腹のぜい肉一年分をプレゼント」


「切実にいらねえッ!」


「……すまない、ふたりとも。すこし出てくる」


 姉妹漫才を続ける桜と夏海なつみを置いて、俺はたまらずリビングを飛び出した。


(気になりすぎて、このままでは家事もままならない……!)


 時刻は午後一時前。

 秋樹あきとナナミが家を出てから、およそ三十分が経過しようとしていた。


〝――もしよろしければ、わたしが案内しましょうか――〟


 この叶画市を案内するのに、なにもない住宅街を見て回ることはないだろう。案内するのなら、多少は発展している駅前周辺だ。

 いまは昼飯時だから、ナナミの提案で駅前の飲食店にでも入っている頃合いだろうか。あの従順さを鑑みるに、秋樹も連いていっているはず。

 昼食を終えたあとは店を出て、街の案内を再開するのだろう。駅前の案内だ、何時間もかかるようなものではない。一時間もあれば終わる。


 ……では、そのあとは?

 今日は土曜日。秋樹の学校は休みだ。午後の予定はないと聞いている。

 そんな、時間を持て余した秋樹と、日本での用事も済ませたであろうナナミは、いったいどこに向かう?


〝――さっさと『ホテル』帰って、若い女の子らと飲み明かしてこよ――〟


「いやいや、まさかな……」


 自室に入り、万が一のときのために、ある『道具』を手に取って玄関へ。

 純粋な恋愛だったらいい。俺が文句を言う筋合いはない。先ほども言ったように三姉妹の意思は尊重したいからな。


 だが。その相手がスパイ……それも、ナナミともなれば話は別だ。


 ハニートラップも駆使するスパイ特有の職業病とでも言おうか。アイツはどうにも、ゲーム感覚で女性を堕としている節がある。一目惚れしただなんだと言ってはいたが、それだってどこまで本気か怪しいものである。


 したがって。

 俺にはふたりの成り行きを見守る義務が生じるわけだ。

 秋樹の家政夫として、ナナミの元同僚として。


(……これは仕方なく。そう、仕方なくなんだ)


 自身に言い聞かせるように胸中でつぶやきながら靴を履き、俺は急いで家を出た。


「うわーん! 夏姉ー! クロウが私たちのお昼ご飯作らないで出かけちゃったー! 私のお腹、もはや龍が住んでるのかと思うようなゴロゴロ音を奏ではじめたのにー!」


「そのまま我慢してれば痩せんじゃね?」


「…………夏姉、天才?」


 腹を空かした桜と夏海に、深く謝罪をしつつ。

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