49話 オリビアに問うた。

 午後二時すぎ。宿泊先のホテルにほど近いH島公共図書館に入ると、俺は真っ先に過去の『新聞記事』のデータベースを開いた。

 館内専用の端末を使い、H島で起きた過去の事件記事を探る。

 検索キーワードは、『医者』『失踪』『行方不明』。

 該当年月日は、およそ二年前だ。


「――あった」


 程なくして、俺はその記事を発見した。

 二年前の11月25日。H島郊外で小さな診療所を営んでいた医者、『ゲイン・ハルト』氏、四十八歳男性が、誰に告げることもなくこつ然とその姿を消した。

 警察は失踪事件と見て捜査を進めているが、二年経ったいまもゲイン・ハルトの行方は掴めていない。


 医者の失踪事件。

 これが、レイ・メタル殺害の犯人を決定づける、有力な手掛かりとなる。


「この医者の遺体が見つかることは、もうないだろうな……」


 俺の推測が正しければ、この医者はすでに細切れにされ、排水管を通って大海原に放流、魚たちの餌にされているはずだ。

 それが、『俺たち』のスタンダードな抹消の仕方なのだから。


 次に俺は、記事に載っているゲイン・ハルトの顔写真をスマホで撮影し、キャサリンのスマホに送った。添える文面は、こうだ。


『この男がフルピースに属していないか、確認してみてくれ』


 これまでの事件の流れを見るに、日本の叶画市の喫茶店と同じく、このゲイン・ハルトが経営していた診療所もまた、フルピースの息がかかった店である可能性がある。いや、十中八九そうだろう。

 体調が戻ったのか、それともホテルでの休憩に飽きたのか。キャサリンからの返信は、二分ほどで返ってきた。


『ビンゴ』


「よし」


 メールを確認した俺は早々に席を立ち、図書館を後にする。

 これで最後の『ピース』は埋まった。

 あとは、彼女に確認するだけだ。


 

     □


 

『あ、もしもしクロウさん? クロウさん、たしか明日のお昼に帰っちゃうんだよね? それじゃあ今夜、約束してた食事会をしましょうよ! ね、いいでしょ?』


 暗闇に波音が響く、午後七時半。

 俺と三姉妹は、そんなオリビアの誘いの電話を受けると、彼女の働き先である空港近くの飲み屋に向かった。

 先日お茶会に招かれたとき、ローガンの連絡先と一緒にオリビアの携帯番号も交換していたのだ。


「いらっしゃーい! みんな、今日はゆっくり楽しみましょうね!」


 入店後。すこしだけカタコトな日本語で、俺と三姉妹を招き入れるオリビア。

 日本人の三姉妹と会話が成り立つのか疑問だったが、これだけ日本語が堪能なら問題ないだろう。日本の観光客から教わりでもしたのだろうか。


 ちなみに。この場にキャサリンとローガンはいない。キャサリンは、ゲイン・ハルトの失踪事件を詳細に捜査するため。ローガンは、警備員の深夜勤のためだ。


「さあ、みんなもいっぱい食べてくれ。おせちとお雑煮の無念を、ここで晴らそう!」


「「「…………」」」


 場を和ませるために、無理やり奮起する俺。


 最初はオリビアを泥棒猫のように警戒していた三姉妹だったが、食事と会話を堪能していくにつれ、四人はすっかり仲良しになっていった。

 天真爛漫なオリビアを前にして、三人も毒気を抜かれてしまったようである。

 ……誰が原因で生まれた毒だったかは、あえて触れないでおくけれど。


「聞いてくださいよ、オリビアさん! クロウったらひどいんですよ? 私をお風呂場でビショビショにした挙句、私のパンツまで褒めだして……デリカシーに欠けてると思いませんか!?」


「うん、思う思う! サクラの言う通りだよ! クロウさん最低ー!」


「最低ー!」


「ぐぬぅ……また懐かしい話を」


 たしかに、あれはデリカシーがなかったけれども!


 その後も、三姉妹から次々と飛び出す俺への不満に、オリビアは楽しそうに受け答えしていった。

 これがいわゆる、女子トークというやつだろうか?

 男性が割り込めない、独特の空気感があるな……。


 そうして――ある程度お腹も膨れてきた午後九時。

 俺は「ちょっと外の空気を吸ってくる」と言って、店のオープンテラスに足を運んだ。背後を振り返れば、談笑している三姉妹がすぐ見える。距離にして三メートルもないほどの近距離だ。


 突然の海外旅行になってしまったけれど、三姉妹はこの正月、楽しんでくれただろうか。

 そんなことを考えながら、心地いい海風を浴びていると。


「すこし攻めすぎちゃった?」


 悪戯っ子のような笑みと共に、オリビアが隣にやってきた。

 俺は、手すりを背後にして寄り掛かり、夕食を堪能する三姉妹を眺めながら。


「ああ。攻められすぎて傷心していたところさ」


「じゃあ、あの子たちに慰めてもらうことね。ほんと、みんないい子たちだもの……最高の家族を持ったわね」


「俺の自慢の家族さ」


「羨ましいわ……ほんと、羨ましい」


「オリビアには、ローガンっていう最高のパートナーがいるだろ」


「……そう、なんだけどさ」


 どこか歯切れ悪く答えるオリビア。

 その反応に対して、俺が「?」と首をかしげていると、オリビアは苦笑しながら言った。


「その、うまく言えないんだけどね……ローガンと一緒にいると、時々、おかしな違和感を覚えることがあるの」


「違和感?」


「なんていうのかな、ローガンがローガンじゃないように見える瞬間、というか……ほんと、うまく言えなくてアレなんだけど」


「…………」


「彼とはじめて出会ったとき、二年前のときには、そんなこと微塵も思わなかったんだけどね……どうしてかな? 私にも、その理由がわからないの」


 ほんとうに、わからないの。

 そうつぶやき、遠い目で賑やかな店内を……ローガンとの出会いの場所を見つめるオリビア。


 ……もしかしたら。

 もしかしたら、俺がしようとしているレイ失踪事件の『事後処理』は、オリビアの幸せを壊すものなのかもしれない。


 けれど、それでも。

 俺は、彼女に問いたださなければならなかった。


「……オリビア、質問がある」


「なに? あらたまって」


「昨日のお茶会のとき、ローガンが『何回もスプーンを落とした』って話、してたよな」


「? ええ、したけど……それが?」


「それ、いつの話だ?」


 なぜそんなことを聞くのか意味がわからない、とでも言いたげな表情で、オリビアはこう答えた。


「たしか、ローガンと出会って一ヶ月後とかの話だから……二年前ぐらいの話かしら?」


「――やっぱりか」


 そう、二年前。

 すべてのはじまりは、二年前だったのだ。

 これで、すべての謎が解けた。


「やっぱりって、どういうこと? クロウさん」


「……オリビア、最後にひとつ訊かせてくれ」


「な、なに?」


 オリビアを真正面から見据え、俺は問うた。

 この先の選択肢は、俺ひとりが独断で選ぶべきではない。

 彼女に選択させることこそが、真の未来につながると思った。


「ここに『幸せな嘘』と、『辛い真実』があるとする。オリビアなら、どちらを選ぶ?」


「ど、どちらを?」


「『幸せな嘘』を選べば、嘘にまみれているけれど、ずっと幸せなままでいられる。『辛い真実』を選べば、真実は得られるけれど、辛い現実が待っている」


「『幸せな嘘』と、『辛い真実』……」


「さあ、オリビア」


 区切って、俺はさらに問う。


「きみなら、どちらを選ぶ?」

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