48話 キャサリンにおねがいされた。

 レイを殺害した犯人は、大岩を使って遺体を隠蔽した。

 けれど、レイの身分を証明する財布とパスポートは、風化しないよう遺体のお尻の下に隠していた。

 まるで、見つけた人間にすぐ遺体の身元を知ってもらいたいかのごとく。

 隠蔽しようとした犯人の意思とこの状況が、ひどく矛盾している。


 さらに犯人は、あろうことか自ら大岩を動かし、レイの遺体を日の下にさらした。

 俺たちがH島に旅行に来ている、このタイミングで。


 自然に岩が動いた、という可能性は、この大きさを鑑みるにありえないだろう。犯人以外の人間が大岩を動かした可能性も却下だ。二年間見つかっていなかった遺体の場所をピンポイントで当て、さらには数百キロはあろう大岩を動かし、あまつさえ出てきた白骨死体を無視して放置するだなんて、普通の人間の言動としてはあまりに不自然すぎるからだ。


 大岩を動かすのなら、犯人以外にありえない。

 では、犯人はなぜ、このタイミングで大岩を動かしたのか? なぜ二年経ったいま、レイの遺体を解き放ったのか?


「…………そう、そういうことなのね」


 脳内で推理をまとめていると、ポツリ、と独白のようにキャサリンがつぶやいた。

 この様子なら、俺の推測を伝える必要はなさそうだな。

 ……親の彼女にとっては、最も辛い結末だろうが。


「ゴメン、クロウ。ちょっと、なんていうか……」


 彼女にしては珍しく困惑気味に言って、キャサリンは苦渋の表情で額に手を当てた。

 悔やんでも悔やみきれない。

 そう言いたげな表情だった。


「アハハ……さすがに、もう無理だわ。なんとなく、って思ってはいたけど……でも…………ゴメン、一旦ホテルに帰らせてもらってもいい?」


「了解した、ゆっくり休むといい。ほら」


「ありがとう……」


 いまにも倒れてしまいそうなキャサリンの肩を抱き、ひとまず洞窟の外に出る。

 白骨死体はおそらく、正確な死因特定のためにも、フルピースに移送されることになるだろう。H島の警察に渡したところで、遺体は孤児のスパイ。『身元不明の死体』として、ぞんざいに処理されるのがオチなのだから。


 そして。

 処理すべき重要な事柄は――まだひとつ、残っている。


〝――ワタシの用心棒――〟


 スパイの基本的な思考法は、あらゆる事態を想定する水平思考だ。

 スパイの長である彼女が、この最悪の結末を想定しないわけがない。


 だからキャサリンは、俺という用心棒ボディガードを雇った。

 その結末が真実だったとき、ひとりでは壊れてしまうから――それを阻止してくれる仲間が、支えてくれる家族がほしかったのだ。


「遺体処理はフルピースの人間に任せるとして、『あちら』の事後処理は、俺のほうで済ませておこう。……俺が済ませてしまって、いいんだよな?」


 レイの捜索が完了した以上、元スパイの俺が介入する必要はないのだが、これほどまでに弱っているキャサリンを前にしては、手を貸さずにはいられなかった。

 洞窟を出ると、キャサリンは弱り切った顔をこちらに向け、上目遣いにこう言った。


「……報酬は上乗せしないからね?」


「そんなジョークが言えるのなら、もう心配はなさそうだな。ひとりで歩けそうか?」


「無理」


「即答だなオイ」


「無理だから――」


 区切って、トン、とキャサリンは俺の胸に頭を寄りかからせた。

 いつも頼り甲斐のある諜報部局長が、このときだけはひどく小さく見えた。


「――『あの子』のこと、おねがい」


「……ああ、任せろ」


 燦々と輝く太陽が、空の真上に昇っている。

 俺たちが日本に帰国するまで、残り24時間を切っていた。


 

     □


 

 午後一時。キャサリンをホテルに送ると、俺はそのまま来た道を戻り、今度は洞窟上の崖にまで足を運んだ。

 地面には薄っすらと草が生えていて、陸側のほうには大小さまざまな花が揺れていた。崖側には転落防止用のロープが張ってある。ロープの高さは一メートルほど。子供でも大人でも、越えようと思えば超えられる高さだ。


 もちろん、誰かを崖下に落とそうと思えば、落とせてしまう高さでもある。


「……さすがに二年前の痕跡はない、か」


 ロープを越えて、崖のギリギリから真下を覗き込む。

 洞窟入り口付近の地面までは、およそ十五、六メートル。五階建てのビル相当か。体勢を崩して落下すれば、スパイ十指といえどひとたまりもない。

 落下地点の地面は凹凸が激しく、ギザギザになっている。頭から……それも後頭部から落下しようものなら、あの白骨のように広範囲に頭蓋骨が砕けることだろう。


「確定だな――レイ・メタルは、ここから突き落とされて、死亡した」


 殴打された可能性を広げていくと、どうしても、わざわざ洞窟に遺体を運ぶ『不可解』にぶち当たる。この崖からの落下死であれば、あの洞窟に遺体を隠したことにも道理がつく。


 ――なんて。


 ぶっちゃけてしまうと、レイの殺され方はそこまで重要ではないのだ。

 撲殺だろうが落下死だろうが、大事なのはそれを行った犯人。

 そして、その意図だ。


「……すこし、調べる必要があるな」


 解答は、ほぼほぼ出かかっているが、真相解明とまではいかない。

 最後の『ピース』を埋めるためには、情報が必要となる。

 二年前、レイが消えた当時の古い情報が。


 俺は崖を離れ、ある場所に向かっていく。

 目指すは――図書館だ。

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