46話 三姉妹と土産屋に行った。

 翌朝。

 どうにも正月気分になれないホテルの朝食バイキングを食べると、俺はさっそく身支度を済ませ、三姉妹と共にホテルを出た。

 昨夜キャサリンに言われた通り、三姉妹のショッピングに付き合うことにしたのだ。昨日は一緒に海水浴することもなく放置してしまったからな。今日はウザったがれるくらい構ってやろうではないか。

 

 ちなみに。キャサリンは朝食の場にも現れず、いまもこの場にはいない。スマホにかけてみたところ『うーん、あと半世紀ー……』と人間の睡眠時間を超越した発言をしていたから、たぶんいまは自室で眠っているところだろう。半世紀て。

 

 閑話休題――午前九時半。気持ちのいい青空の下、海風をあびながら街道を歩き、この通りで一番大きな土産屋に入る。


「お、おい、見ろよ桜」


「どうしたの? 夏姉」


「このTシャツのキャラクター、めっちゃかわいくねッ!? 日本ではお目にかかれない斬新なデザインが乙女心をくすぐるぜ!」


「こ、こんなかわいいキャラがプリントされたTシャツが、たったの10ダラーッ!? これはもう、いますぐ買うしかないわね!」


「……通販番組かな?」


 ハイテンションでブサかわTシャツを物色する夏海と桜を横目に、俺は隣り合う秋樹に声をかけた。


「秋樹はTシャツ、いらないのか?」


「ほしいですけど……でも」


「でも?」


「わたしの場合、大抵一部分だけサイズが合わなくて……着れはするんですけど、見た目のバランスが悪くなっちゃうんです」


「……ああ」


 思わず秋樹の胸元一部分に下がりかけた視線を、家政夫の意地で食い止める。

 たしかに。身長は低いのに一部分だけ大きいとなると、サイズの合う服はなかなかないかもしれないな。


「じゃあ、小物とかはどうだ? ティーカップとか、お皿とか。ああ、なんならこのあと書店に行ってみるか? 海外の珍しい小説とかが売ってるかもだぞ?」


「わたし、英語まったく読めないので、買っても宝の持ち腐れになるかと……」


「……ああ」


 そういえば秋樹、小説の読みすぎであまり勉強はできない子なんだったな……見た目は断トツで秀才そうなのに。

 こ、このままでは、秋樹にとってH島旅行が暗い思い出になってしまう!

 思考をフル回転させた結果、俺が見つけたアイテムは。


「秋樹! これはどうだッ!」


 H島国際空港のマスコットキャラになっている、『ワンワオーン』という犬の耳だった。

 いつぞやの遊園地のときのように、問答無用でスポッ、と秋樹の頭にソレをハメる。

 できあがったのは、かわいらしい三つ編みの犬だった。


「え、なッ……」


「うむ、やはり秋樹には獣耳が似合うな。かわいいぞ!」


「かわッ……かわッ!?」


「前の猫耳は買えなかったが、今回の犬耳は買ってやれるぞ! ほら、いまこそ犬の鳴き声を聞かせてやれッ!」


 昨日放置した空白を埋めるかのごとく、ウザいほどに秋樹に絡んでいく俺。

 すると。秋樹は降参だとばかりに両手を丸め、んあ、と犬歯を見せるように口を開いた。


「わ、わん……?」


「うむ、いい! いい犬ッコロっぷりだ!」


「わ、わんわん!」


「最高だ! もっと犬を憑依させろ! お前はいま、宇宙一かわいい犬だぞ!」


「わ、わんわんわおーん!」


「犬だ! ここに三つ編みの犬がいるッ! 前も同じような褒め方をした覚えがあるが、そんなことはどうでもいい! さあ、俺にもっと鳴き声をあびせ――」


「――Excuse me(失礼ですが、お客様)?」


 俺の肩にポン、と置かれる女性店員の手。

 表情こそ笑っているが、目が笑っていなかった。

 デジャブッ!


「もうやだ、穴があったら入りたい……!」


 店員に深く謝罪したあと、顔を真っ赤にする秋樹を桜と夏海の下に行かせ、俺ひとりだけ店外に出ておくことにした。

 現在、店内にいる人間は十四名。そのすべての挙動をあらかじめ確認しておいたが、特に不審な点は見当たらなかった。店の中と外ぐらいの距離であれば、三姉妹と離れていても問題はないだろう。




 

「ぬぅ、さすがにウザく絡みすぎたかもしれん……」


「あれー? クロウさんじゃない!」


 店の前のベンチでうなだれながら猛省していると、そんな声と共に、通りの向こうから亜麻色の髪の女性――オリビアが駆け寄ってきた。

 見ると、メイド服をアレンジしたような制服に紺色のエプロンをさげ、片手に配達用のバッグを持っている。

 空港近くの飲み屋でバイトをしているということだから、宅配の最中なのかもしれない。


「こんなところで会うなんて奇遇ね! ご家族とお買い物?」


「ああ。あまりにも選ぶのが長いんで、俺だけ逃げてきたところさ」


 犬の真似っこを未成年に強要して追い出された、とは言えないので、ここはあえて嘘をついておく。あえてね? あえてだから、うん。


「オリビアは仕事中か?」


「ええ。コーヒーの配達を終えて、店に戻ってるところよ。……あ、そうだ!」


「ん?」


「クロウさん、コーヒー飲みたくない? 一杯分ちょうど余っちゃってさ。よければ処分するの手伝ってくれない?」


「言い方がアレだが……まあ、いただけるのであれば、もらおうか」


「ありがとー! 助かるわ!」


 言うが早いか俺の隣に座り、慣れた手つきで紙コップにコーヒーを淹れていくオリビア。

 飲み屋というから酒しか扱っていない店かと思っていたが……そうか、コーヒーなんかも扱っている手広い店だったのか。


「はい、どうぞ! 召し上がれー」


「ありがとう。それじゃあ、いただきます」


 紙コップを右手で取り、熱々のコーヒーを口につける。

 うん、うまい。苦いのは基本苦手なんだが、これはかなり飲みやすいな。

 ……屋外のベンチというこのロケーションは、すこしどうかと思うけれど。


  そうして。通りを行きかう人たちを眺めながらコーヒーを堪能していると、オリビアがジッ、と俺の右手を見ていることに気づいた。


「……どうした? オリビア」


「クロウさんって、右利みぎききなの?」


「はい?」


「紙コップを受け取るときも右手だったし、いま飲むときも右手で飲んでるから、そうなのかな、って」


「ああ、まあその通りだが……どうした、急に?」


「いや、特に深い意味はないんだけどね? 私もローガンも左利きだから、なんか右利きが珍しいな、と思っただけ」


「バイト先の客にも右利きの人間は大勢いるだろう」


「まあ、それはそうなんだけどね。こんな間近で右利きのひとを見ることがなかったから、なんとなく物珍しかっただけ――うわぁ!? もうこんな時間ッ!?」


 と。通りの反対側に建てられた時計台を見やると、オリビアが慌てて立ち上がった。

 コーヒーポッドをバッグに詰め直しながら、オリビアは焦燥まじりに。


「このあと仕込みとかがあるんだったわ! 今日は団体さんが入ってるから忙しいのよ。ゴメンね、クロウさん! そろそろ私、行かないと!」


「了解した。コーヒーおいしかったよ。引き止めてすまなかったな」


「なんでクロウさんが謝るのよ! コーヒーをあげたのは私なのに――それじゃあ、また今度ね! あ、そちらのご家族との食事会、ちゃんと計画しておいてよー!」


「ああ、わかった」


 それじゃあねー! と元気よく手を振りながら、走り去っていくオリビア。

 なんというか、オリビアのあの溌剌とした性格や快活さは、このH島によく似ている。

 太陽の暑さや明るさ、海風のやさしさなんかが、特にそっくりだ。


(……ローガンは、彼女のああいったところに惚れたんだろうな)


 スパイは孤独だ。

 陰に生き、陰に死ぬ運命を背負っている。

 ゆえに、真逆の存在である太陽に、人一倍憧れを持ってしまうのだ。


 まあ。何百回でも言うように、俺はもうスパイではないのだけれど。


「ごちそうさま」


 見えなくなったオリビアに告げて、手にした紙コップをベンチ横のゴミ箱に捨てる。


 そのとき。

 スッ、と俺の頭上をなにかが……なにか『たち』が、遮った。

 途端、俺の全身に冷や汗が浮かび始める。


「……クロウ、いまの女のひと、誰?」

「……まさか、クロウがこんなに手の早え野郎だったなんてな」

「……クロウさん、ナンパだなんて、そんな……」


「……み、みんな、『誤解』って言葉、知っているか……?」


 超ド級の爆発物を扱うかのごとく慎重に言葉を選びながら、いつの間にか店を出てきていた三姉妹をクールダウンさせる。

 このあと。三人の誤解を解くのに、たっぷり二時間を有した。

 








 

 その直後のことだ。


『――クロウ。レイを発見したわ』


 キャサリンから、そんな電話が入ったのは。

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