39話 キャサリンに人探しを依頼された。

「それで?」


「それでって、なによ?」


「いい加減、俺と三人を連れ出した理由を話せ、って言ってるんだ。もちろん『本当』の理由も含めてな」


 小声でそう迫ると、キャサリンはようやく、その表情を諜報部局長のソレに変えた。


 日本時間、午前三時四十分。

 俺と三姉妹、そして突然家にやってきた怪力女ことキャサリンの五名は、H島に向かう、フルピース専用のプライベートジェット機の中にいた。

 海外に行ったことはないものの、三姉妹はパスポートをしっかりと所持していた。各国を飛び回る冬子の影響か、あらかじめ申請して作っておいたらしい。キャサリンも、そうした冬子の影響を考えた上で、今回の暴挙に打って出たのだろう。ちくしょう。期限切れしていたら家でゆっくりできたのに。


 閑話休題。

 三姉妹はいま、ジェット機後方の別室で眠っている。

 問い詰めるならいましかない。

 キャサリンは降参したようにため息をもらし、目の前のワイングラスを手に取った。


「あの子たちを連れ出したのは、つい最近までエイト……片桐かたぎりハチバンが色々とお世話になってたから。エイトの元家族として、なにか恩返しがしたかったってだけ。それ以上でも以下でもないわ。これはほんと、神に誓ってもいい」


「キャサリンも俺も、神なんざ信じていないだろうに」


「単なるジョークよ。ほんと、相変わらずジョークが通じない奴ね」


「それじゃあ、『本当』の理由は?」


 問うと、キャサリンはそっとワインを口にし、続けた。


「スパイ十指じっしの『No,006』――『変装使い』の『レイ・メタル』って覚えてるわよね?」


「ああ。もちろん」


 変装使い、レイ・メタル。

 俺の記憶が正しければ、たしか身長は百八十六センチ、体重七十六キロと、かなりの長身だったはずだ。

 変装使いという名の通り変装が得意なスパイで、綺麗な女性にふんしたり、元の身長よりも低い身長に骨を削って、敵地に潜入したこともあるそうだ。ここまでくると変装というより、もはや転生だけれど。

 そのせいで、彼の身体中には整形の手術痕がびっしりと刻まれていた。フルピースの施設内ですれちがったとき、思わずギョッとしたのを覚えている。


 そしてなにより、レイの特筆すべき特徴は――名前だ。


「レイ・メタル。スパイのくせに、ナンバー由来じゃないオリジナルの名前を持ってるんだよな。当時から随分と変わった奴だなと思ってたよ。たしか、似たような名前を持ってるスパイがもうひとりいたよな?」


「『剛力使い』の『ローガン・メタル』ね。レイとローガンは同じ場所で捨てられていた孤児でね。血の繋がりはないけれど、昔から双子のように気が合っていたそうよ。背恰好もほぼ同じだしね。ファーストネームは互いに付け合って、『メタル』って姓もふたりで考えたそうよ。言わば、エイトとミヤの関係みたいな感じね」


「まさに双子そのものってわけか……まあ、俺はそのふたりとはほぼ話したこともないし、ふたりもおそらく、俺のことは知らないだろうがな」


「……アンタはもうすこし、自分の認知度を知ったほうがいいわね」


「? どういう意味だ?」


「なんでもないわ――って、クロウのそんな鈍感っぷりはどうでもいいのよ。問題は、そのレイの『行方ゆくえ』のほうよ」


「レイの行方?」


「連絡がつかないの」


 カタン、とキャサリンがグラスを置いた直後、機内の窓から朝陽が差し込む。


「『雑用で出る』って言い残してフルピースを出たきり、レイと連絡がつかないの。それが二年前の話。それから、定期報告はもちろん、レイ側からの交信もなし。全国の空港の監視カメラを確認して、H島に降り立ったことだけは掴んでるんだけど、その先の行方がいまだに不明のままなのよ。空港を出た形跡はないから、まだH島に残ってるはずなんだけど……」


「……二年間、音沙汰なし、か」


「なにか急な任務で潜伏してるのならそれでいい。連絡なんて取れる状況じゃないだろうからね。事実、レイは過去に四年間、敵地に潜伏し続けたこともある。今回もそうだろうと、ほかの同僚たちもそこまで心配はしてない」


「だけど、『親』のキャサリンとしては心配なわけだ」


「わざわざ言うんじゃないわよ、バカ」


 ぺしっ、とテーブル上のクラッカーを指で弾いてくるキャサリン。照れ隠しのようだ。


 フルピースにも正月はある。

 年末年始は、任務がなければ世間同様、休暇扱いになる。

 つまりは、局長であるキャサリンもこの正月は休日だったはずなのだが、それを押してでもH島に向かおうと思ったわけだ。

 

 ひとえに、『息子』であるレイ・メタルが心配だったから。

 レイの安否を、その目で確認したかったから。


(本当、驚くほど甘いスパイだ)


 呆れながら、キャサリンが弾いたクラッカーを空中でキャッチして頬張る。

 すると。「それと」と、キャサリンは訝しげに話を戻した。


「ローガンのことも、すこし気になってるのよ」


「なんだ、ローガンも音沙汰なしなのか?」


「ううん、そっちはちゃんと定期的に報告がきてる。ただ、いまローガンが出向いてる任務先っていうのが、まさにいま向かってるH島なのよ――おかしいと思わない? 当然のことだけど、ローガンにもレイの捜索を頼んでた。でも、ローガンからレイを見たなんて報告はなかった。同じ諜報部の、それも双子のように仲の良かったレイが、H島に行ってローガンに会いに行かないわけがないのに……」


 レイがローガンに会いに行っていないのか。

 それとも、ローガンが嘘をついているのか。

 はたまた、そのどちらでもないのか。


「なるほど、それは気になるな……レイの行方を捜しがてら、その辺りの事情も局長自ら直接、ローガンに問いただそうとしているわけだ」


「そういうこと」


「しかし、なら俺が付き添う理由はなんだ?」


 話を聞く限り、キャサリンひとりでもなんとかなりそうな問題ではあるが。

 そう至極当然の疑問を投げかけると、キャサリンはニヤァ、と含みのある笑みを浮かべ。


「ワタシの用心棒」


 と言った。

 俺を軽く押し戻せるほどの怪力を持った女が、だ。


「……それは、単なるジョークか? それとも、酔っぱらってるのか?」


「さあ、どっちでしょう?」


「おい、ここまできてはぐらかすな」


「まあまあ! 別にいいじゃない。いまのワタシの話を聞いても、別にそこまで深刻な事態にはならなそうだったでしょ? お得意の水平思考で先読みしてみなさいな。クロウが面倒事に巻き込まれる未来が、どれだけ示されてる?」


「……いや、まあ、ほぼないに等しいが」


「でしょー? なら、ワタシの心配解消に付き添いがてら、みんなでH島を楽しみましょうよ。クロウのおせちやお雑煮をダメにしちゃったのは謝るけど、その分、多額の報酬も用意してるんだからさ」


「金の問題ではないんだがな……」


 こたつでゆったりするあの時間は金では買えないのだ。

 しかし……まあ。

 こうして日本を離れてしまったいま、ずっと愚痴っていても時間の無駄というものか。

 俺が望んだ形ではなかったけれど、綺麗な海辺で三姉妹と一緒に遊び回る正月というのも、悪くないかもしれない。


 窓の外。雲間の奥に見えてきたH島の全容を見下ろしながら、俺はそう思った。

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