第三章 夕焼けのオリビア

37話 ■■■のプロローグ

「本気で、言ってるのか?」


 ポツリ、と。

 夕焼けに沈む海岸沿いに、男の声が響いた。

 よく通るその声は、怒りと困惑に震えている。


 すると。男の対面に立つ別の男性――彼が、申し訳なさそうにうつむきながら応えた。


「……ああ、オレは本気だ」


「相手にどれだけの迷惑がかかると思って……いや、そこは然して問題じゃない。問題は僕たちの組織のほうだ。そんなこと、あのキャサリンが許すはずがないだろ?」


「無理やりにでも説得してみせる」


「ああ、ああ……そうだな。お前はそういう強引な奴だったよな。まったく、忘れてたよ。こんちくしょう」


 皮肉って、男は隠しもせずに舌打ちをしてみせる。

 夕陽に照らされた男たちのシルエットは、生き写しの双子のようにそっくりだった。


「僕も、お前のその楽観的な性格は嫌いじゃない。でもな、こればっかりは無理な話だ。僕たちスパイは、『そっち』には行けない人間なんだよ――それは、この二十年のスパイ活動の中で嫌というほど学んできたことだろ?」


「…………」


「このことは、キャサリンには黙っておく。僕の記憶の中からも、完全に抹消しておく。だから、な? おとなしく僕と――」


「――すまない」


 そう、小さくつぶやいたかと思うと、対面の彼が音もなくこちらに近づいてきた。

 一瞬の出来事に男は回避することもできず、そのままガシッ、と迫りくる彼に両腕で拘束される。


 なにをするつもりなのか? 


 男がそう思ったときには、彼の足は数メートル先の崖に向けられていた。


「本当に、すまない」


 刹那の最期。男の耳に残されたのは、彼のそんな言葉だった。





 

 ――これが、すべての始まり。

 日本からすこし離れた海外、小さな島国での一場面――

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