23話 ロリスパイのハチバンが家に泊まることになった。
「ボクの名前は『
昼過ぎのリビングにて。元気いっぱい嘘の自己紹介をし、テーブルの上に偽造免許証を出す銀髪少女――ナンバーエイトこと、片桐ハチバン。
『No,008』だから『
おそらくは名字の『片桐』も同じように安直につけたものなのだろう。コイツのことだから、日本の有名人から適当に拝借したのかもしれない。
まあ、ネーミングの適当さに関しては、俺もひとのことは言えないけれど。
外見が明らかな外国人でありながらわざわざ日本名を偽造したのは、俺と同様、より日本の日常に溶け込むためだろう。スパイは目立ってはいけない。仮に病院などにかかった際、海外の名前で呼ばれて周囲から浮いてしまう事態を避けたのだ。一番目立つ髪と瞳はヘアカラーとカラーコンタクトでいくらでも隠せるが、名前だけは隠せない。
年齢を二十歳に設定したのは、日本の公共施設を利用しやすくするため。未成年ではホテルの一室も自由に借りられないからな。
「こ、こんな小さいのに二十歳……」
エイト……じゃない、ハチバンの免許証を目にし、対面に座る三姉妹は驚きに目を見開いた。
無理もない。ニコニコと笑顔のまま左右に揺れるハチバンの見た目と言動は、完全に小学生のソレなのだから。
というか、すこしは落ち着いてくれ。さっきから肩に当たってきてウザい。
と。免許証を返しながら、桜がハチバンに問いかけた。
「えっと……それで、ハチバンさんはどうして私たちの家に?」
「ハチでいいヨ! それに、敬語もなしにしテ? フレンドリーに、タメ口で話しかけられるほうが好きだからサ! 代わりに、ボクもみんなにはタメ口で話しかけるかラ!」
実年齢は十三歳だからな。
そりゃあ、タメ口のほうが話しやすいだろう。
「そ、そうですか? それじゃあ、ハッちゃん」
「ワオ! いいね、ハッちゃン! 響きがかわいくて好キ!」
「き、気に入ってもらえてよかった……あの、それで、ハッちゃんはどうしてこの家に」
「クロウに会いに来たノ!」
ソファの上であぐらをかきつつ、ハチバンは前のめりに応えた。
……ん?
俺、コイツに日本での名前を伝えていたっけ?
「実は、ボクはクロウがやっていた探偵事務所の助手だったノ。大学受験に失敗したボクを、クロウが拾ってくれて、そのまま助手になったんダ……だけど、ある日突然クロウが『探偵は儲からない、こんなもん廃業ダ!』って言って勝手に事務所を畳んじゃっテ。それで、ボクは数か月路頭に迷うことになったんダ……」
シクシク、とあからさまな泣き真似をしてみせるハチバン。
おいおい、そんなバカな作り話がまかり通るわけないだろう、と半ば失笑しつつ三姉妹を見てみると、凍てつく侮蔑の眼差しが三人分、俺を射抜いていた。
クッ……一ヶ月生活を共にした家政夫より、かわいい銀髪少女の言葉を信じるというのか!
ですよねッ!
俺もたぶん、かわいい少女の言葉を信じるもの!
日本に古来より伝わるとされる『かわいいは正義』ということざわは、つまりはこういうことだったのか……!
「あまりに急なことだったから、ボク驚いちゃっテ……でも、クロウはボクを拾ってくれた恩人だから、一言お礼を言いたくて。それから、クロウの行方をずっと探し続けて、それで今日、ようやく見つけることができたんダ……ニシシ、うれしすぎて思わず抱きついたら、クロウが体勢を崩しちゃって、みんなにあんな変な恰好を見せることになっちゃったけド」
「ああ、さっきクロウが押し倒してたように見えたのは、そういう……」
「誤解させるような真似しちゃってゴメンなさイ……許してくれル?」
「うぐっ」
目を潤ませつつ上目遣いに見つめてくるハチバンを前に、桜は思わずといった風に胸を押さえた。夏海と秋樹も、「か、かわいい……」とうわ言のようにつぶやきながら、胸元を押さえている。
俺が笑顔を見せたときと似た反応だが、ハチバンのこれはまた別種のもののようだった。
「ゆ、許すわよ。もちろん……諸悪の根源は、そこの鈍感家政夫だものね」
鈍感は関係なくない?
「ありがとウ! えっト……」
「桜よ。葉咲桜。それでこっちのふたりが、葉咲夏海と葉咲秋樹」
「ありがとう、桜! 夏海! 秋樹!」
感謝を述べ、おもむろに立ち上がると、ハチバンは三姉妹の座るソファに歩み寄り、「ニシシ」と照れ笑いを浮かべながら桜の膝上に座った。
「はわ~~ッ!」と不思議な声で悶える三姉妹。桜は膝上のハチバンの髪を、夏海は頬を、秋樹は二の腕に触れ、愛玩動物のようにハチバンを愛でていく。
まあ、うん。
辻褄合わせのための造話にしてはマシなほうか。先ほどの押し倒しについてもうまく誤魔化せたようだし、ハチバンが語ったこのストーリーラインに合わせていくことにしよう。
(それにしても、相変わらず溶け込むのが早いな……)
仲良く触れ合う、まるで四姉妹のような光景を眺めながら、俺は呆れたように息をつく。
気づいたときには、気を許してしまっている。
自身の容姿を最大限に利用した、ナンバーエイトの得意技だ。
こうしてハチバンを仲間だと思ったが最後、大事な機密情報はいともたやすく盗まれることになる。敵であることに気づき慌てて排除しようとしても、隠し持った暗器で背後からズブリ、だ。あの黒いボールペンで、いったい何人の敵を抹消してきたことやら。
そんなハチバンのスパイ任務達成率、驚異の90%超え。
スパイ十指の名に恥じぬ好成績だ。
なにかにつけて『ナイン、ボクと勝負しロー!』と俺に絡んできて、呆気なく惨敗していたハチバンだが、任務となると途端に優秀になるのだから、本当わからないものである。
なんて。スパイ時代のことをすこし思い返していると、ハチバンがくるりと半身を翻して、桜と真正面から向き合った。
「じゃあ、それじゃあサ! 桜!」
「ん、なあに? ハッちゃん」
「許してくれるついでに、ボクをこの家に泊めてくれないかナ……? 新しい
「そんなの、いいに決まってるじゃない。みんなもいいわよね?」
「ああ、もちろんかまわねえぜ」
「と、当然じゃないですか」
「やっター! ありがとう、みんナ! ――それじゃあ、クロウの部屋に泊まらせてもらうことにするネッ!」
「「「「え」」」」
三姉妹と一緒に、思わず声を出してしまう俺。
桜に抱きかかえられたままのハチバンがこちらを振り返り、俺にだけ見せるように唇をニタァ、と歪ませる。
悪戯っ子なんてかわいいものじゃない。それは悪魔めいた笑みだった。
こうして。
昔の同僚ことハチバンが、俺の部屋に泊まることになった。
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