竜の居ない洞窟(13)
夜も明けてしまい、ヤリニケラはこれから祭壇への来訪者の相手をしなければいけないとのことで、昼にまた改めて、ということになった。出立は一日遅れてしまうが元々どこかへ急ぐ旅ではない。
……カフェトランを追う者も、少なくとも今は、いないはずだ。この村に現れないということは、とりあえずは撒いたはずだった。
……扉の開く音で目を覚ます。「おはよう」。丸焼きは両手に水筒を持っていた。
「……あ、それ、あたしの……」
まだ寝ぼけまなこのカフェトランに、水筒が放り投げられる。どうにかそれを受け取った。中にはたっぷりと水が詰まっていて、ずっしり重い。
「……中身」
「ついでだ」
「ありがとう……」
「ん」
彼女は無愛想に頷くと、パイプを取り出して直ぐに背を向けた。
「外で吸ってる。支度が出来たら来い」
髪の毛をしっかり
入口の横に立っていた彼女の足下には炭化したシャグが山を作っていて、きついにおいを漂よわせていた。宿の入り口でこれは、営業妨害もいい所である。「よし、行こう」。彼女はカフェトランを一目見ると、パイプの吹口を裾で拭って歩き出した。
地下祭壇に続く納屋の扉を引くと、丁度ヤリニケラが階段から昇ってくるところだった。
「ああ、御足労いただきありがとうございます。申し訳ありませんね、こう見えても私は忙しい身でして、早速行きましょうか」
カフェトランたちがワイバーンに会いに行くとは知らされていないのだろう、村の住民たちはヤリニケラと共に歩く二人を怪訝な目で見ては、ひそひそと潜めた言葉を交わしている。だけれどヤリニケラがいるからだろうか、直接訪ねてくる者は一人もいない。
「今行けば食事の時間に間に合うかな。今日の昼は……ニルスの当番だったか」
「村の人全員で面倒を見ているんですね。……一体、何を食べるんですか?」
「何でもです。昔は少なく済んだんですけどねえ、今では牛なら小さいものなら一頭ぺろりと。毎回そんなんじゃあ村が破たんしてしまうのでね、今ではとにかく、果実でも獣でも怪物でも魚でも、とにかくかき集めて与えていますよ」
「ワイバーンが生まれから何年くらいになるんだ?」
「十年。あの村を興してから、子供も何人も生まれました」
「一体いつワイバーンは竜に成る?」
「……その命が終わる時、と私は考えております。知っておりますか? ワイバーンのほとんどは寿命を迎えたことがないのですよ」
「……闘争や共食いが多いからですね」
「そうです、その通りです。
「それに、ワイバーンは生き続ける中で身体を環境に合わせて変化させる生態を持っています。……その果てにいるのが竜だと?」
「いやあ本当に、今朝から何度も驚かされますね。つまり、竜とはその生態変化の果てにたどり着く境地なのではないか、と我々は考えているのです」
「でもそれは、あなたが生きてる内には到底叶わないのではないですか?」
「ええ、そうです、だから、そのための村なのです。ですから、言ったでしょう、私は竜を生み出してその力を誇示する気など毛頭ないのです。だって、いくら焦がれたところで、結局のところ今村にいる者は誰も竜と出会うことはできないのですから」
「……なのに、どうして竜を生み出そうとするんですか?」
「それが、私の役目だからです。それが、私たちなりの信仰なのですよ」
ほどなくして、見覚えのある“へこみ”が見えてきた。ふう、息を吐いて足を止めると、ランタンの火を起こす。
「苔があって滑りますので、足元に気を付けてくださいね」
二人だけの時とは違って、丸焼きは先頭を歩かせろとは言わなかった。背中を丸め足元を見て、前を歩くヤリニケラの持つ灯りの光がなるべく目に入らないようにしている。「……そんなにふらふらしてると危ないわよ」。カフェトランは彼女の腰に手を回して、歩く道を教えてやった。
先日引き返した場所を通り過ぎてもう少し歩くと、ランタンの光に照らされて、狭い道の幅が広がっていっているのに気が付いた。疲労によって踏み出す感覚の長くなっていたヤリニケラの足も、徐々に勢いを取り戻していく。
かなり近い所で、ワイバーンの鳴き声が響く。終わりは近いようだった。
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