竜の居ない洞窟(6)

 領境近辺にある村ということで、やはり村人は異種族のことを見慣れているようだった。それでもエルフとダークエルフの組み合わせというのはいささか珍しかったらしく、家の窓や遠巻きから、彼女たちを見てひそひそと何かをささやき合っている。


 彼らの視線が気になり次第に苛立ってくるカフェトランだったが、丸焼きはどこ吹く風とばかりに、ずっと正面に顔を向け、飄々ひょうひょうと歩いていた。


「……この視線、気にならないの?」


「別に」


 途中でふとカフェトランが訊ねると、丸焼きは周囲の村人たち村民たちを一瞥いちべつし、短くそう言った。見栄を張っている訳でもなく、本当にどうとも思っていないようだった。


「カフェトランは気になるのか」


「普通、そうでしょ……」


 普通、か。丸焼きはカフェトランの言葉を反復すると、やや足の動きを緩め、思案するように顎を撫でた。


「まあその気持ちも分からなくはないがな。ただ、どう見られようが、どう思われようが、どんな憶測おくそくをされようが、そんなの関係ないだろ。私はカフェトランと一緒に、祭壇に向かって歩いている。私は、今は、ただ、それだけだから」


「……そう、ね」


 ……彼女の言わんとすることは分かる、分かるが――どう見られようが関係なくても、それでもジロジロと見られれば気になってしまうものだろう。興味や関心はなくとも、どうしても意識に入り込んでしまうものだろう。


 やはりダークエルフとは価値観が合わない。カフェトランは改めてそうと確信した。エルフとダークエルフだから合わない、という訳でもなく、この調子じゃあ他のどの種族とも上手くやっていけてないのだろう。だから孤独の種族なのだろう。

 ……上手くやっていこう、とかそういうことも気にしないから、こんな性分なのだろうけれど。


 祭壇には直ぐにたどり着いた。他の民家とは明らかに違う石造りの、景観なんて度外視したような味気ない建物だった。

 その大きさは納屋なや程度しかなく、随分小さいなと思いながら戸を引いた。「……ああ、そういうことね」。この小さな祭壇の内部には語るような情報が殆ど存在せず、ただ、床の真ん中にぽっかりと開いた地下へと続く階段が、じっと二人を見据えていた。どうやらここは入口で、祭壇そのものは地下に建設されているらしかった。


「随分暗いが……ああ、これを使えということか」


 丸焼きは階段の先を満たしている暗闇を見下すと、なにやら納得したように頷いた。カフェトランも階段を覗き込む、――咄嗟に鼻をつまみ、背中を向けた。

 そこから漂っていたのは腐敗臭だった。それに……どこか生臭さも混ざっている。


 まさか……下で誰かが死んでいる? そう考えた途端に、自分の体温がすっと消え去り、眉間が重くなるのを感じた。気が付けば手は太もものナイフに伸びていた。


「カフェトラン、大丈夫だって」


 彼女はそう言って、ナイフの柄に触れようとするカフェトランの手を払うと苦笑を浮かべる。そしてひょいっと、軽く跳ねるような動作で階段を次々に降りて行ってしまった。


「ちょっと、危ないって!」カフェトランは叫ぶが、彼女は引き返そうという素振りを見せなかった。「引き返して!」


 ……仲間が死ぬのは、嫌だった。ダークエルフのことは嫌いだし、彼女のことは好きでもないが、しかし敵ではない。自分は心を許してはいないが、それでも――命を助けてくれた恩人ではあるし、行動を共にしているという意味では、仲間だった。


 彼女には、死んで欲しくなかった――彼女の命を慈しんで、というよりも、そんなことになればもう自分が耐え切れないから。……仲間の命が奪われる様を、大切なものが抜け出てしまったあの瞳を、もう見たくない、見たら、自分が壊れてしまうから。


 だから……カフェトランは彼女の後を追わなければ、と考えた。そう考えて、再びナイフに手を当て、階段の先を睨みつけた。そして――だけれど、カフェトランの足は、動かなかった。どうしてだか、動いていなかった。

 足が震えている、ということには直ぐに気が付いた。手も、震えていることに気が付いた。気が付いて、それでもどうにか一歩を踏み出そうとするものの、どうしても腰から下は動いてはくれなかった。


「……どうして?」


 自分は今、おそらく泣き出しそうな顔をしているのだろう。それを自覚しながら、自問する。だけれどその答えは、知っている。

 怖い、ただそれだけだった。


 連合の手から逃げている時。矢で額を射ぬき、ナイフを喉に突き立て、首を折り、カフェトランは何人もの追手を殺した。恐怖に怯えている余裕なんてなかった。生き延びるためには、とにかく走って、殺して、何も考えず、ただ逃げるすべに思考を巡らせていた。そうしなければいけなかった。


 それが逃亡生活にとりあえずの一段落がつき緊張の糸がたわんだことで、今まで感じていなかった恐怖が、生きるために気がつかない振りをしていた死への恐れが――殺されることと殺すことに対しての恐怖が、自分の中に存在していることに気が付いてしまったのだ。


 武器を持ち、戦い、命を危険にさらされ、命を奪う。

 戦うことが、怖くなってしまっていた。

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