竜の居ない洞窟(4)

 腹ごしらえを済ませ、深夜の街道を二人は歩いていた。丸焼きはカフェトランのことを気遣って今日一日は休憩に充ててはどうかと提案したが、カフェトランは首を横に振ったのだ。

 街道には人通りがほとんどなかったけれど、ずっと先にランタンの光がいくつか見えた。


「お前、血脈だろう? それも色々と危ないことしてる」


 丸焼きがそう言ったのは、街道から別れた細い道を歩いてしばらく経った頃だった。カフェトランはその通りだと、特に否定することもなく頷いた。行き倒れの様子から何となく察したのだろう。


「ま、だからって私はどうとも思わないけどさ。でも、これからどうするんだ?」


「……ここはどこ?」


「ヒューマン領」


 まあそうだろうな、と頷いた。何となく、街道の雰囲気からそうではないかと当りを付けていた。それに、大陸のほとんどはヒューマン領だ。とにかくひたすらに逃げ続けていれば、いつかはここにたどり着く。


「逃亡のブラッドエルフ的には、ヒューマン領の中と外、どっちが安全なんだ?」


「……多分、外」


「ふうん。じゃあ次の村で補給を済ませたら、明日からは外に進路を執ろうか」


「明日からって……あなた、あたしと一緒に行ってくれるつもりなの?」


「うん?」


「そこまでしてくれなくて、いいわよ。……助けてくれただけで十分。明日からは一人で大丈夫」


「違う、そんなつもりじゃない」ともすれば照れ隠しの言葉の様だが、カフェトランに向けられた無機質な瞳はとてもそんな風には見えなかった。「ナイトエルフは人に付いて行きたがるんだ」


 ……散々自由が好きとか言ってたのに?

 カフェトランは首を捻った。


「私たちは目的があって旅をしてる訳じゃなく、人生そのものが旅だからね。常に目的地に飢えているんだよ」


 ……カフェトランは食い下がらずに、「じゃあ、そういうことなら」と丸焼きの同行を受け入れた。まだ体調の万全ではない彼女にとってそれはもちろん有難いことだった――ただダークエルフに親切にされるということを、どうにもすんなり受け入れられなかったのだ。


「そういえば今更だけど、あんたのことは何て呼べばいい? 仇名とか、愛称なんかはあったりするの? カフェ、とか?」


「いや」と首を振る。「カフェトラン、でいいわ」


「そう?」


「あたしはこの名前が誇りだから……ちゃんと、しっかり、呼ばれたいの」


「……ふうん。まあ、じゃあ、改めてよろしく、カフェトラン」


 髪を掻き上げ、丸焼きが言った。カフェトランはランタンを軽く持ち上げてそれに応じた。村はすぐ近くに迫っていた。




*




 今現在の詳細な時間は分からないが――少なくとも深夜、それも真夜中であることには違い無いはずだった。「明るいわね」。「明るいな」。二人は殆ど同時に呟いた。

 しかし明るいとは言っても活気がある訳ではない。民家のいくつかから灯りが漏れているだけである。


 まあこういうこともあるのだろう、とカフェトランは適当に納得した。この村の産業の関係で、夜型の人間が多いのかもしれない。もしくはたまたま今日に祝い事があって、夜遅くまで宴会が続いていたのかもしれない。ただ単に、夜更かししている村人が多いだけかも知れない。


 とにかく二人は疑問にこそ思ったものの、それ以上何か口にすることもなかった。そういうこともあるだろう、と適当に納得して飲み込むと、宿を探すことにした。

 旅人や商人がよく行きかう領境領境近辺は、たとえ小さな農村であっても宿屋に該当する施設があるもの。そしてそれはこの村も例外ではなかったようだった。


 宿の扉を引くと、受付には人の姿はなく、ただ帳簿ちょうぼとペンが置かれている。丸焼きはそこに自らの名前を記す。達筆たっぴつな文字で”丸焼き”と記されているのが少しシュールだった。


「どうする、別々に部屋を借りるか?」


 カフェトランは少し悩んでから、「一緒の部屋でいい」と答えた。カフェトランは今は殆ど文無し、できる限り節約しなければいけない。それに――ずっと一人での逃亡生活で誰かと他愛もない会話を交わしたのは久しぶり。彼女が恋しいという訳ではないが、一人の夜に、やや抵抗を感じてしまったのだった。丸焼きは頷くと、帳簿に名前を書き加えた。


 部屋は、まあこれといって語ることもない、強いて言うのならば少し狭い、ごく普通の宿だった。ベッドに、小さなテーブルとスツールのセット、その上に乗った小さなランプ。

「もう寝るか?」自らの背嚢から毛布を引っ張り出しながら、丸焼きが訊ねる。「私としてはそっちの夕方くらいの感覚だから、もう寝れなくもないが」


「……申し訳ないけど、休んでもいいかしら」


「勿論」


 丸焼きは頷くと、背嚢はいのうを枕にして、ベッドの横で毛布にくるまった。ベッドは当然のようにカフェトランに譲ってくれた。

 ……それに対してなんとも言えない感情を抱きつつも、カフェトランは素直にベッドに横になった。

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