第五十八話 謝罪

「さっき……お前に助けられたからな…………今度は俺が…………」


「隊長、もう喋らないで!」


 隊長――ウブルは部下の制止に首を振り、血を吐き出しながら、続けた。


「嘘だ……お前を助けようとかそんなつもりはなくて、でも……あいつが銃を構えてるのを見たら、気が付いたら飛び出していた……。誰を狙っていたのかなんて分かっちゃいなかったさ……。そうか、狙われてたのはお前だったのか、よかった……最後に恩を返せて」


「もう……もう、喋るな……」


 カフェトランとフォズもウブルの元へと駆け寄った。あばら辺りの鎧の隙間に銃弾が命中したようだった。これは……どう考えても助かる傷ではない。医術の造詣がなくとも、この血の量では誰もがそう思う。


 マスケット銃を撃ったドワーフは、引き金を引いた姿勢のまま、うっすらと笑みを浮かべていた。頭には手斧が、額から突き出すほど深々とめり込んでいる。


 フォズは背嚢をウブルの頭の下に敷いてやった。「フォズオラン……」。ひゅう、ひゅうと、まともな呼吸すら怪しくなってきている中、ウブルはフォズの名前を呼んだ。「……お前に、言っておかなければならないことがある…………」


「謝っておきたいこと……ですか……?」


「巻き込んでしまって、本当に、申し訳ない……」


「……私がここに居合わせたのは、たまたま運が悪かっただけです」


 放心状態だった姉を連れ出すことができたのだから、むしろ運が良かったのかもしれない。


「違う、んだ……」


 ウブルはそう言って、わずかに首を動かした。首を横に振ろうとしている、というのは辛うじて伝わった。


「先日、といっても大分前だが、連合がシルバービアードと交渉をした。その内容は、……連合に加盟しろ、出なければ武力行使も辞さない、という内容だ」


 一体なぜ、死の間際にこんな話を?

 フォズとカフェトランは顔を見合わせたが、大人しく彼の最期の言葉を聞くことにした。


「それからだ……シルバービアードが連合を襲撃するようになったのは……」


「任務中に、どこからともなく現れるんです」苦しそうに言葉を紡ぎだすウブルを見かねたのか、連合のエルフが彼の言葉を引き継いだ。フォズに剣を向けたエルフだった。「連合の中にやつらと通じてる者がいるってことです……」


「今回も……きっとそうだ……。俺たちがカフェトランを捕えにここに来ることを知って、カフェトランに恨みのあるオークを率いて、やって来たんだ……」


「だったら」フォズはそこでようやっと口を挟んだ。「だったら、なおさら関係ないじゃないですか。間が悪く、あなた達とここに来るのが被ってしまった……」


「違うんだ……。ああ、どうかエンマディカを恨まないでくれ、彼女は……彼女の役割を果たしただけなんだ……」


 エンマディカ? どうしてここで彼女の名前が?

 カフェトランの確保という同じ任務に就いている訳だから、面識があってもおかしくはないだろうが……――。


「――……もしかして、私をつけて来たんですか?」


「……ああ…………」


「それが最も効率的だったんだ。連合も人手が足りない。目立つ行動は……シルバービアードに勘ぐられる。お前を付けるだけなら数人でも足りるし、各地で基地で補給も受けられる」


「……そんな――――」


 つまり、本当に間が悪かったのは自分以外――?

 フォズは血の気が引くのを感じた。


 フォズがカフェトランと合流するのがもっと遅ければ、あるいは遅ければ、連合はオークを、カフェトラン達はドワーフを、敵にしなくて済んだかもしれない……。


「余計なことを考えるのは辞めなさい」カフェトランが、叱責するような口調で言った。「そんなのは結果論でしかないし、そもそもあたしたちがオークに接触したのが悪いのよ、こいつらがシルバービアードを脅迫――交渉を持ちかけたのが悪いのよ。本当に、たまたま、巡り合わせが悪かっただけ、ここに居た全員が……」


「ああ、エンマディカ!」


 ウブルは突然大声でその名前を呼び、右腕を空に――木々が陽の光を求めて広げた枝の向こうにあるはずの太陽に向け、手を伸ばした。


「エンマディカ!」


 ごぼっと血の泡を吐き出しながらも、もう一度、ウブルはエンマディカの名前を呼んだ。


「すまない、エンマディカ、すまない……すまない…………」


 何度も謝罪の言葉を連呼して、その内にウブルの手は彼の胸の内に落ちた。


「すまない……また……――」


 ウブルはもう新たな血の泡を吐き出すことはなかった。眠るようにゆっくりと目を閉じて、それから、彼は動かなくなった。

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