第五十七話 つまり

「オーク!? 隠れて、俺たちの隙を窺っていたのか!?」


 オークがそこにいたということよりも、隠れて背後を狙っていた――つまり戦法というものを使っていたことに彼らは驚いていたようだった。そう、彼らは戦法を立てていた。一方が気を引き、もう一方が後ろから襲う。そして、その“気を引く“役割を請け負っていたのは――。


「ドワーフ……まさか本当に…………」


「……そうだとすれば、色々と納得できることがあります。野営地で亡くなっていた彼らは、襲撃を受けたのに抵抗の痕跡がほとんど見られませんでした。そこから逃げ出した人も、少なくとも私たちは見ていませんし、叫び声だって聞こえなかった。……それなりに距離がありましたが、それでも叫び声は存外通ります」


「今のと一緒でしょうね。シルバービアードのドワーフ達が気を引いて、その内にオークが取り囲んでほぼ一瞬で……」


 ありきたりではあるが、効果的で誰もが真似をして浸透したからありきたりと呼ばれるのだ。


「オークがドワーフと手を組んでいた……? そんな…………」


 連合の面々たちはまだそれを受け入れられないようで、ドワーフとオークの亡骸を何度も交互に見やっている。


「……まだ言ってるの?」と怯えている彼らに呆れている様子のカフェトラン。


「……そりゃあ、そうそう受け入れられる訳ないだろう。この意味がお前に分かっているのか?」


「意味?」


「どうしてシルバービアードがオークと手を組んだと思う? 何も生み出さず、暴力を振るうことしかしないオークと仲良くしたところで、利益なんて無いだろう?」


「……怖かったんじゃないの? 隣だから、もし万が一のことがあったら……って」


「もちろん、それもあるだろう……。しかしこいつらは手を組んでいた。安全保障程度ではないんだぞ。協力し、強調しているのだ」


「じゃあ何かがあったんでしょ、互いにとって利益になることが……」


「そう……それが問題なのだ。さっきも言ったようにオークには暴力しかないのだ。資源もなく、彼らしか保有していない技術もない――オーク領の全容が明らかになっていない以上憶測でしかないが、彼らの装備を見れば分かる。と言うことは、彼らの唯一持つ暴力、ドワーフはそれを求めているということ」


「……それってつまり、オークとシルバービアードが手を組んで、戦争を起こそうとしていることですか!?」


 隊長はそれに関しては何も言わなかった。代わりに剣を引き抜いて、わずかに残った仲間たちに向き直る。


「我々は、絶対に生きて帰らなければならなくなった。例え死んでも、帰らなければならない。この事だけは、必ず連合に持ち帰らなければならない……」


 兵士たちの表情には恐怖も困惑も浮かんでいたが、それでも彼の話に黙って耳を傾けていた。


「それが出来なければ、待っているのは再び戦乱の世の中だ。耳戦争、それ以上の悲劇が待っている。それを止められるのは我々しかいないのだ」


 カフェトランはあまり興味なさそうにその話を聞いていた。抱えたものは違くても、彼女も同じようなことをしようとしているのだから、その演説を冷めた目で見ているのかもしれない。


 その内、彼女はフォズに耳打ちをした。「フォズ、あなたが全員案内してやりなさい」


「お姉ちゃん……。やっぱり気は変わらないの?」


「死ににいくわけじゃないわ。全員殺してやるつもりだから」


「……」


「我々は逃げ出した。死にゆく仲間を見捨て、自分だけでも生き延びようと、むざむざと逃げ出した。恥ずべきことだ。一生、後ろ指を指されることだ。……ただ、それをしたからドワーフとオークが繋がっていることを知ることができた。……自分の罪を正当化しようという訳ではない。ただ、我々がこの情報を持ちかえらねば、あいつらの死は無駄になる。我々は絶対に、たとえ死んだとしても、この事を――――」


 隊長の言葉が不自然な所で途切れた。彼は驚いたように表情を歪ませ、斜め下を見ていた。なんだ、そこに何かあるのか? フォズも視線をそちらに移動させる――そこにあったのは、先程カフェトランに胸を射抜かれて息絶えたドワーフだった――否、彼は死んでいなかった。


 ドワーフは血の泡を口の周りに付けながら、マスケット銃を構えていた。死ぬ前に一人道連れにするつもりなのだ。その銃口の向いた先は――お姉ちゃん――――!


 ぱあんと、火薬のはじける音がした。引き金が控えれると撃鉄が叩きつけられ、火薬が弾けて鉛の玉が射出される。マスケット銃の玉は真直ぐに飛ばない。これも銃口の指し示す先そのままには飛ばなかったが――“問題なく”カフェトランに命中する軌道を描いていた。


 カフェトランは、その銃声で自分が狙われていることに初めて気が付く。


 彼女を庇うために飛び出そうと力を込めるが、身体は殆ど動かなかった。フォズの世界はゆっくりと流れていた。しかし身体もゆっくりとしか動かなかった。どう考えても、間に合わない。


 それでもフォズは地面を蹴って、前へ前へ、身体を伸ばしてカフェトランを庇おうとする。それよりもはるかに速い速度で、鉛玉が迫ってくる。フォズはぎゅっと目を瞑った。怖かった。鉛玉も、それが引き起こす結末も。ぎゅっと目を瞑って、身体を前に伸ばして、それで――世界が戻る。


 顔を生暖かいものが濡らした。フォズは地面に叩きつけられ、痛みで身体が動かなかったが、それでもすぐさま起き上がって姉のいた方を見た。「え……」。そこには愕然と目を見開いたカフェトランが居た。信じられないものを見たような表情だったが、しかし激痛に苦しんでいる様ではない。「なんで……ねえ……」。そしてカフェトランは、そこを指さす。


 そこでは、胸元から凄まじい血を流した男が倒れている。「隊長!」「ウブル隊長!」。兵士たちが彼の元へ駆け寄る。「どうして……」。カフェトランは相変わらず信じられないものを見たような表情で、彼の顔を見つめている。

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