第五十六話 シルバービアード・ドワーフ

 気まずい沈黙を打ち破ったのは、よく響く低い声だった。


「お前ら、こんなところで何をしてるんだ? 随分な騒ぎが聞こえると思って来てみりゃ、一体何が起こってるんだ?」


 声のした方を見ると、立派な白いひげを蓄えた三人のドワーフが立っていた。狩人の一団だろうか、それぞれが斧とマスケット銃を携えていた。


「シルバービアードのドワーフか?」隊長が訊ねた。


「そりゃあ、ここにいるドワーフはみんなそうだが……」


 なんで自分たちが追及されてるんだ?

 ドワーフの一人、長いひげを三つ編みにした男が、不愉快そうに眉をしかめた。 


 それも当たり前である。

 ここは彼らシルバービアード・ドワーフの領地であるから、彼らがいるのは当たり前、どころかそれ以前の話だ。自分の家にいる理由を、どうして来訪人に問われなければいけない?


 と、その時、別なドワーフが目を丸くした。頭髪に編み込んだ様々な宝石の珠と同じ形になった彼のまなこは、隊長の方を向いていた。

 いや、正しくは彼の鎧に施されているペイントか。


「ちょっと待て、お前ら、連合か?」


 連合。その名前が出た途端、他二人のドワーフにみ緊張が走る。

 それもそのはず、シルバービアード国は連合には加入していないのである。シルバービアード国はトロルの抹殺を掲げるドワーフ達によって造られた国である。連合に加盟しているのは、それ以外の二国なのだ。


「道理でトロルくせえと思ったぜ。お前ら、なんでここに居る? 誰の許可を得てここに? 俺たちの偵察でもしてんのか?」


「そうじゃない……、お尋ね者を追いかけてきたんだ。シルバービアードは、街に入らなきゃ領地を跨ぐ許可はいらないんだろう?」


「連合とエルフ以外はな。嘘だよ。ああ、その通りだ。だが、とてもそういう風には見えねえな。人を追っかけて捕まえただけには到底見えねえ。もう一回聞くぜ、何があった? 俺たちの森で何をしてくれた?」


「……オークが出たんだ」


「オークだって!」すると、ドワーフ達はみるみる顔を青ざめさせた。「冗談だろ……」


「冗談だったらどれだけよかったことか。現に俺たちの仲間は、やつらに殺された……」


「心当たりが、あるんですか?」フォズは訊ねた。「あなたのおっしゃった通り、冗談や、その場しのぎの嘘だと判断してもよさそうなものですが、直ぐに信じたということは、心当たりがあるんですね?」


「……オークを見たってやつが居たんだ」とごわごわした長髪を後ろでくくった男が、連合の兵士たちの血や泥で汚れた鎧を見ながら、呟くようにして口を開いた。「その時はただの見間違いだってなったんだが、それからも同じことが続いて……俺たちは領境の警備をしてるんだよ。……くそ、よりによって俺たちの時に出やがって……」


「頼む、助けてくれ……。俺たちじゃあこの森から出ることもできないんだ。頼む……」


 するとドワーフ達は顔を見合わせ、小声で何かを話し合い始めた。

 ほどなくして兵士たちの方を見て、「分かった、俺たちも詳しく話を聞きたいからな。トロルくせえが、お前たちの中にトロルはいねえようだし……」。しかし、彼らは「だが」と続けてフォズとカフェトラン、そして連合の中にいる数名のエルフを見た。


「エルフはだめだ。俺たちは若いからまだましだが、じじい連中はお前らの長耳を見ると気が狂ったように斧を振り回すんだ。俺たちとしては余計な面倒は持ち込みたくねえし、お前らだって畑の肥やしにはなりたくねえだろ?」


「こんな事態に、なにを――」


「構いません」


 異を唱えようとして声を荒げる隊長を制し、フォズは即答した。フォズもカフェトランも、森で迷うことなんてありえない。地図が無いから少々時間がかかるかもしれないが、ここから抜け出すことはそう難しくはない。


 連合のエルフは、自分が案内してやればいい。三、四人なら、支障はないだろう。その事を告げると、「む……」と隊長は唇をゆがめた。連合のエルフを見やると、彼らは曖昧な表情だったが、とりあえずは頷いて見せた。


 シルバービアード・ドワーフたちの言葉は嘘ではない。エルフを嫌うがあまりの差別ではなく、ただの事実である。戦争を経験したドワーフは、平気でそれくらいのことをする。彼らの街に立ち入るよりもオークから逃げる方がよっぽど安全だ。


 ……ただ、一つ、気がかりなことがある――杞憂ならよいのだが。


「……最後に一つ、聞かせてくれませんか?」


「……何だ?」


 ドワーフは不愉快そうに、毛虫のような眉を歪めた。


「あなた達、さっきまで何をしてたの?」フォズの言葉を引き継いでそう言ったのは、カフェトランだった。その目と眉は、水面のように、静かに据わっている。


「なにをしてたって……巡回に決まってんだろ。オークが来てないか。その痕跡がな

いか。それを探してたんだ」


「その斧から血の臭いがするんです。だから私、最初狩人かと思ったんですけど……」


「あ、ああ。さっき、ハーピィの野郎が出やがってな。それと飢えた獣も何匹か」


「……違うわね。獣はもっと……臭くてくぐもったにおいがするわ――」


 カフェトランの動作は、ほとんど一瞬だった。片手で弓を持ち、反対の手で矢を取り出し、そのまま流れる動作で矢を射った。気付けば、ドワーフの一匹は白目をむいていて、その脳天からは矢が伸びていた。


 ドワーフが驚くことすらできない内に、カフェトランは続けた。「独特なにおいがする。つんと鼻に付く、でも柔らかい、癖になるようなにおい。あたしたちがあいつらに使ってた薬と全く同じにおい――!」


 そしてカフェトランが続けざまに矢を放ったのは真後ろだった。自分の背後の木陰、そこからはみ出していた腕に矢が突き刺さる。「うおおぉぉ――!」。突然のことに、背後からフォズ達を狙っていたその男は叫びながら悶え苦しむ。その際にわずかに露出した頭を、カフェトランは見逃さない。それが命中したかも見届けず、彼女は身体を正面に戻した。


 残った二人のドワーフは慌てて横に飛ぶが、もう遅かった。一人は顎の下からからつむじを貫くように、もう一人は胸に深々と。胸を射抜かれたドワーフはしばらく苦しそうにもがいていたが、カフェトランが彼の頭を蹴飛ばすと、それっきり動かなくなった。


「……原型が無くなるまでやってやりたいけど、妹の手前勘弁してやるわ」


「お姉ちゃん……」


 フォズは疑念を抱いていただけだったが、カフェトランは彼らがただの巡回ではないことに最初から気付いていたらしかった。


「ど、どういうことだ?」連合の兵士が、狼狽えたように訊ねた。「俺たちにも分かるように説明してくれ」


「……信じがたいことだけど」カフェトランはドワーフを見下しながら、吐き捨てるように言った。「こいつらが手引きしたのよ。オークがあたしたちを襲うようにね」


「オークを、ドワーフが……? そんなことあり得る訳ないだろう!」


「まあ信じる信じないは自由だけど、それを決めるのはあいつを見てからでも遅くないんじゃない?」


 カフェトランは、親指で自分の真後ろを指さした。全員の視線がその先へと吸い寄せられる。そこに倒れていたのは、彼女が先程射殺した、背後から自分たちを狙おうとしていた襲撃者の死体だった――全斧を持った大男、つまりオークである。

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