第四十四話 下手物
しっかりとした調理器具を使って料理するのは、随分と久しぶりに感じた。野営では煮るか焼くか程度のことしかできないし、そもそも食にあまり執着のないフォズはそれで十分だった。
フォズはもともと料理は苦手な訳ではないが、おそらく野営に慣れてしまったのだろう、普段の料理も大雑把なものになっていた。湯を沸かして、干し肉を入れて、適当な薬草も加えて……。この傾向は、狩人の中では珍しくはないらしい。
だから、フォズが測りで分量を計測し調味料の小瓶をいくつも並べる時は、決まって誰かに料理を振舞う時だった。
「……今日のは、ちゃんと食べれるものなんでしょうね?」
向こうの部屋から声がした。
「先日はすみませんでした……。あれは……ちょっとした認識の違いというか」
「……当然のように芋虫入りのスープを持って来た時は、レイスに取りつかれた影響であんたの脳味噌が壊れたのかと思ったわ」
「で、でも! 肉や魚とは比べ物にならないくらいの栄養価があるんですよ!」
「……はあ」ローニャンは大げさなため息をついた。「田舎のエルフはこれだから怖いわ」
「うふふふふ。まあまあ。わたくしも昔食べましたよ、芋虫。ま、できればもう食べたくありませんがね」
いつの間にか、フォズの後ろにはメレ・メレスが立っていた。彼は背伸びして鍋の一つを覗き込むと、「うおっ……」とうろたえた。
「これは……蛇肉ですか?」
「蛇い!?」ローニャンの怒声が聞こえた。「ちょっと、全然普通じゃないじゃない!」
「いや、でも、虫より蛇の方がマシですよね?」
「マシだけど、いやでも、ちょっとあんたおかしいわよ!?」
「滋養料理だから、そりゃあ美味しくはないですよ。見栄えも良くはありません。でも大丈夫、エルフの知恵が詰まってますから」
蛇肉以外にも、熊肉や羊肉、それから一般的には使われることはまずない薬草類をふんだんに使用している。しかしそれら食材は案外簡単に調達することができた。流石貿易の中心地である。
「うふふふふふ。蛇肉、懐かしいですねえ。大丈夫ですよ、ローニャン。癖のある食感ですが、不味い物ではないですよ」
「ああ……本当、エルフって最低」
ローニャンは諦めたように、力なく言った。まだベッドの上から一人で起き上がれないローニャンは、アーフェン村に伝わる滋養料理からは逃げられない。
「キッチンを貸していただいてありがとうございます。私の借りている宿だと、こんなしっかりとした料理は出来なかったので……」
調理がひと段落してから、フォズはメレ・メレスの方を振り返った。彼はフォズの料理が完成するのを見計らって、食器類諸々の支度をしてくれていた。
「いえいえ、礼を言うのはこちらの方です。ローニャンのことを気遣ってくれて、本当にうれしく思います」
「……ローニャンさんが危険な目に合ってしまったのは私のせいですから」
墓所から逃げ出して介抱すると、ローニャンは翌日には目を覚ました。命に別状はなかった。だけれども、ローニャンの奪われた生命力はなかなか回復しなかった。
とにかく力が入らない。筋肉を動かす為の動力がすっぽり抜け落ちてしまったような感覚らしい。そしてこればかりは、時間と共に回復していくしかないとのことだった。
メレ・メレスが「それは違いますよ」と言い返した。顔は柔和に笑っていたが、その言葉はフォズを咎めるように鋭かった。
「ローニャンは自分の意思で付いて行ったのです。そしてレイスを侮っていたのです」
……そして、それはわたくしも同じです。メレ・メレスは唇を悔しそうに噛んだ。
「ですから、わたくしはこう言いましょう。ローニャン、そしてマルゥクを、無事に連れ帰って来てくれてありがとうございます、アーフェンのフォズオラン殿。そして……あなた自身も、無事でよかった。ありがとう、ありがとうございます……」
「……はい」
二人はしばらく気まずくその場に俯いていたが、「す、すみません、遅れました!」と扉が乱暴に開かれる音で、いそいそと自分の作業に戻って行った。
「ローニャンは、こういうものは好きではないとはいえ、旅をしてる関係上口にすることもあるんです。よっぽどの時以外は拒みますがね……。ですが……マルゥクはどうでしょうかね?」
メレ・メレスはそう言うと、いやらしく頬の端を吊り上げた。
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