第四十二話 血は繋がっていなくとも
「フォズっ!」。ローニャンがフォズの名前を呼んだ。「フォズさん!」。マルゥクも叫んだ。そしてローニャンはこちらに駆け寄ってこようとするが――おおお、おお…………、別なレイスが三体、彼女の往く手を阻んだ。
「カフェトランは、私の姉です…………」
「……姉? 姉妹、ということか?」
「はい……」
……。
フォズの左肩に生ぬるい感覚。火傷の傷がじくりと痛む。そしてそこから、自分の中に宿る熱が抜けていく様な感覚があった。黒面のレイスがフォズの血を吸い上げているのだ。
「……嘘だな。あいつとは血が違う」
そんなこともできるのかと、ひざまずくこともままならなくなってきた身体を認識しながら、どこか他人事のように感心していた。
「嘘じゃありません。私と姉は血が繋がっていないのです」
「嘘だな――いや、ちょっと待て……。性格の似てない、血の繋がっていない妹がいると、そんなことを言っていたような気も……」
「……橙の髪、尖った耳、小柄な身体。勝気で強気で……私と違って堂々としてる。それがカフェトランというエルフです。……これで信じてもらえなければ諦めるしかありませんが…………」
「……」
黒面のエルフは黙り込んだ。しかし、少しではあるが、フォズの身体に力が戻る。
「確証がない」黒面でフォズを見つめ、言った。「お前とカフェトランはまったく似ていない。顔も、性格も。だが、言われてみれば……似ている」
「雰囲気、ですか?」
「そうとも言える。だがもっと正確に表すなら、魂だ。取り込んだお前の生命力や血から、あいつと同じにおいがする。それはあいつと同じ空気、同じ精を取り込んできたからだ……」
「信じてもらえましたか?」
「……それでもやはり確証がない。だが、万が一お前があいつの妹だとしたら……殺す訳にはいかない……」
レイスは悔しそうな雰囲気をにじませながら、剣を握る手を緩めた。剣は空気に溶けるように霧散する。
「だから、わたしはお前を逃がしてやろう。何も、起こらなかった。私もお前も、何もなかった。そういうことにしてやろう」
「……礼は、言いませんよ。私たちは姉のことを調べに来ただけ、そこを襲われただけですから」
「……墓荒らしの癖に何を……ふん、まあいい、とっとと去れ」
言われずともそのつもりだ。フォズは石畳に両手を付いてゆっくりと身体を起こした。走ることはできない、歩くことはできる、フォズの身体にはその程度の力しか残っていない。
見かねたマルゥクが慌ててフォズの下に駆け寄って、自らの肩をフォズの脇の下に滑り込ませた。
「マルゥクさん……ありがとうございます。もう大丈夫なんですか?」
「ぼ、僕はもう平気です、でもフォズさん……!」
「私も大丈夫ですよ……。歩く分には問題ありません。少し休めば平気です」
「……よ、よかったです、本当に…………」
フォズとマルゥクが後ろを振り返ると、小さな墓の前に立ったレイスたちは消えていて、階段が姿を現していた。
改めて恐ろしいと感じる。魔法よりも更に上にある能力。現実を書き換えていると表現しても過言ではない。できることならばもうレイスには関わりたくないものだ。
「ローニャンさんも、危険なことに巻き込んでしまって、本当に申し訳ありませんでした」
「……別にそれはいいわよ。それよりも早く帰りましょう。ここ、息がつまりそう」
ローニャンは額に手を当てて、ほおっと大きく息を吐いた。
「疲れたのか、湿気かカビか、どうもさっきから調子が良くなくて――」
と、その時、ローニャンの身体がゆらりと大きく揺れた――それを踏みとどまろうとして踏ん張り、しかし芯の抜けた身体は直立の姿勢を維持できず、ごぉんと嫌な音を鳴らしてあおむけに倒れてしまった。
「ろ、ローニャンさん!」
マルゥクはローニャンの下に駆け寄ろうとして――フォズに肩を貸していることを思い出して、「すみません、ちょっと……」と丁寧に身体を外してから彼女の傍へ。遅れてフォズも小走りで、彼女の傍に座り込んだ。
「ローニャンさん!」
「うるさいわね……」
ローニャンは失神している訳ではないようだった。しかしその顔は、失神よりもたちが悪い、まるで死人のようだった。血の気が引いていたとしても、褐色の肌でここまで青白くなれるのだろうかという程だ。
体調不良? 病気? いや、違う、一番考えられるのは――。
「ただし、ドワーフは別だ」。後ろから声――否、声に限りなく近い音が聞こえた。フォズとマルゥクは振り返った。そこには一切変わらず直立した姿勢の黒面があった。
「忌まわしい。忌まわしい。汚れた血だ。下衆の魂だ。本当ならすぐにでも絞り切ってやりたかったのだが、ドワーフの生気を取り込むなどという真似をしたくなかったのでな。少々時間がかかってしまった」
ざわりと、フォズの肌が泡立った。再び振り返る――ローニャンへ視線を戻す。
ローニャンの身体をいくつものの手が覆っていた。石畳から生えた爛れた腐乱死体のような腕が、ローニャンを覆い隠そうと、取り込んでしまおうとするかのように絡みついていた。
フォズは反射的に飛びのいてしまいそうになるのを堪えて、その腕を手で払った。
しかしすり抜けてしまって退けることは叶わない。そうこうしている間にも腕は無数に増えて行って、肥溜めにたかる蛆虫のように蠢いていく。
「フォ……ズ…………」
ローニャンは消え入りそうな声でフォズの名前を呟き、右腕をわずかに持ち上げた。それだけだった。すぐに彼女の腕は糸が切れたように地に落ち、半開きの口からそれ以上言葉がこぼれることはなかった。
「えっ……ローニャンさん?」
遅れて、マルゥクがローニャンの様子に気が付いたようだった。
死んではいなかった。呼吸はしているようだった。しかし、それも時間の問題だ。このままでは直ぐにでもローニャンの生命力は尽きてしまうだろう。
「私たちを恨むのは勝手だが、私たちはそいつらの先祖に殺されたのだ。ならば、当然それも許されることである」
黒面のレイスが言った。何体ものレイスが再び姿を見せ、彼女に同調するように唸り声をあげた。
「早く去ね。仲間の死を、見たくはないだろう?」
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