第二十六話 ブカ・ブッゴ

 これまでの短い会話でもうすでに分かっていたことだったが、メレ・メレスはフォズが今まで関わった人の中で最もお喋りな人物だった。


 彼はフォズが今までにどんな獣を狩って来たのかを知りたがったので、特に隠す理由もないので色々と――珍しがるだろう獣の話を教えてやった。

 彼はフォズが狩人だということを、話してもいないのに察しているらしかった。


「ほお、ヒウサギですか!」


「ご存じなんですか?」


「その名の通り火を纏った、しかしその火が決して周りに燃え移らない魔法生物……ですよね?」


「その通りです。エルフの都市の方でヒウサギが大量発生したことがあって、依頼を受けて狩りに行ったんです。……ヒウサギはエルフ領以外にはほぼ生息していないのですが、よく御存じでしたね?」


「まあ……わたくしも、世界を旅して長いですからね」


 メレ・メレスのその言葉にはどこかはぐらかすようなニュアンスが含まれていたが、フォズは特に追求することは無かった。


 魔法生物とは、有史以前から現在までに起こった多くの争い――先の耳戦争などによって世界中に“飛び散り”、そして”染み込んだ”魔法を取り込んだことによって従来の生態系から外れてしまった生物のことである。

 ただ奇妙な姿をしているもの、魔法に対する耐性が増している程度のものから、意識的に魔法を発動し使いこなすものまで様々だ。


 その成り立ちから、戦場となった地域に魔法生物は多く生息している。魔法生物はほぼ例外なく魔法によって汚染された土地を好むが、勢力争いに破れたりした魔法生物が人里へと降りてしまうこともある。

 日常的に使用される魔法程度では汚染は進まないと言われているが、実際のところはまだ誰にも確たることは言えない。




*




 都市というものは、どうやらどの種族でもおおよそは似通うものらしい。

 もちろん建築様式やその意匠はエルフのものとは大きく異なる。エルフは洗練された造形を好むが、トロルのものは伝統を感じさせる装飾で溢れていた。

 しかしそれでも、街の構造のおおよそはどこか既視感を覚えるものだった。エルフの都市に比べればその規模ははるかに小さいものだったが。


「……いやあ、懐かしい場所ですねえ」


 街門をくぐると、メレ・メレスは真っ先にそう言った。


「来たことがあるんですか?」


「はい。ほら、ゴブリン領からトロル領に来て、最初の大きな街がこのブカ・ブッゴなんですよ」


「ああ、なるほど……」


 確かに、ブカ・ブッゴの街門からまっすぐ伸びる大通りには、ゴブリンだと思われる人影もいくつか見えた。都市ということもあり他の種族の姿も見えるが、ゴブリンの数が頭一つ抜けていた。


「まあ、ですから、ブカ・ブッゴはトロルの都市で一番経済が盛んなのですよ。ゴブリンが多く訪れるとは、そういうことなのです」


 そしてメレ・メレスはその場に屈んで靴ひもを結び直してから、「さて」とフォズに向き直った。


「フォズさん、大変助かりました。ありがとうございます」


「あっ、いえ、本当にただ一緒に歩いただけですから」


「それだけでもわたくしたちにとっては有難いことなのです。それで、あなたはお礼など必要ないと言いましたが、せめて宿への案内をさせてはいただけないでしょうか?」


「……案内ですか? でも、宿くらい自分で見つけられますよ」


 しかし、メレ・メレスはフォズの言葉に対して肩をすくめた。


「どうやらあなたはまだ旅に慣れてはいない様子。道具や振る舞いから何となく分かるのです。……悲しい事ですが、旅慣れてない人を狙った詐欺まがいの商売というのは相当数存在しています。それは宿も例外ではないのですよ」


「……そうなんですか?」


「はい」メレ・メレスはまた肩をすくめながら頷いた。「結局、それが効率よく稼げるのですよ。利益率の向上、その行き着く先は騙すこと――という訳ではないのですが、そう考えてしまう商人も少なくはないのです。この街を知っているわたくしなら、優良な宿屋を紹介することができるのですが……」


 彼の言い分は、なるほど、その通りだと思う。

 は確かに騙しやすいだろう。仕事で街や都市に行くことはあったとはいえ、自分がそのにならない自身は、フォズにはなかった。

 だからメレ・メレスに案内してもらえればそれに越したことはないのだが……。


 しかし、このゴブリンを信用していいものなのか

 メレ・メレス自身が、彼の言うところの悪質な商人と結託していないという保証はない。


「……じゃあ、お願いしてもいいですか?」


 だけれど、フォズはメレ・メレスを信頼することにした。

 疑ってもどうしようもない――おのぼりさんであるフォズには、この雑多な都市から自分に合った宿を見付けられる自身はなかったから、なら彼を信頼した方がよいだろうという判断だった。


 いかがわしい雰囲気で、つかみどころのない人だけれど、なんとなく大丈夫だろうという直感もあった。

 まあ大丈夫だろう、自分に限って平気だろう、こういうのがの考えなのだろうなと、内心自分にあきれながら。


「もちろんです!」


 フォズの言葉にメレ・メレスは歯を見せて笑うと、「では早速行きましょう」と身体の向きを変えると足早に歩きだしたので、フォズも慌ててその後を追った。


 彼が向かったのは大通り、ではなかった。大通りを横切り、その横の通りも横切り、横切り、横切り……辿りついたのは薄暗く怪しい雰囲気の漂う裏通りだった。


「ちょ――ちょっと、メレ・メレスさん?」


「なんでしょう?」


 振り返ったメレ・メレスはきょとんとした目でフォズを見ていた。


「いや、なんでしょうって……ここ、なんですか?」


「そうですよ?」


「もっと大きな通りじゃ駄目なんですか?」


「……うふふふふ、やっぱり旅に慣れていないようですね。大通りの宿というのは、商人とか観光客とか、資金に余裕のある人たちの為のものなのですよ」


「こういう場所の方が安いってことですか? でも……見るからに怪しい場所ですよ?」


「そう思うでしょう? そう思ったでしょう? そこが落とし穴なんですよ。目立つところにあるから、大通りだから安全……そこに付け込むんです。それが詐欺というものなんですよ」


「……そうなんですか?」


「そうなんですよ」


 ……メレ・メレスの言っていることは、なるほど理解は出来たが、どうにもいまいち納得は出来なかった。森の村に住んでいた自分にとって全く縁の無かった、都市の裏路地という場所に対しての忌避感がそうさせるのだろうか。


「いや、実はね、ブカ・ブッコに訪れた際は毎回この宿に泊まるんですよ。連れともここで待ち合わせの予定になっていまして」


 そう言ってメレ・メレスが足を止めたのは、寂れた雰囲気の漂う建物の前だった。看板は掠れてしまって、そこに記されている文字を読み取ることはできない。


「ここ……ですか」


「ええ。宿の名前はわたくしも知らないんですがね」


 そしてメレ・メレスはさっさとドアを開けて、「どうぞ」と建物の中を示した。その中は外装からは考えられない程に小奇麗にされていた。「いらっしゃいませ」。受付のトロルがフォズと目を合わせ、愛想よく笑って頭を下げた。

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