第二十七話 ドワーフ

 空き部屋はあるが、先程チェックアウトが住んだばかりで清掃が終わっていないとの事だったので、清掃が終わるまでメレ・メレスとそのパートナーの部屋にお邪魔させてもらうことになった。


「メレ・メレスさんのお連れの方は、一体どんな方なんですか?」


「そうですねえ……」メレ・メレスは少し考え込む素振りを見せてから、「少し変わってるやつです。ああ、でも悪いやつじゃないですよ」と言った。「まあ、フォズさんなら上手くやれますよ」


「……なるほど」


 なんとも当てにならない、というか、言うに事欠いてようやっと捻り出したような言葉だった。


「ああ、ああ、安心してください、そいつは女性ですから」


「女性ですか」


「ええ。間違っても変なことにはなりませんから、そこはご安心を」


「そんな、疑ってなんか……」


「うふふふふ。女性の一人旅ならば、そこは疑わなければならないところですよ」


 メレ・メレスは大げさに肩をすくめてそう言ったが、その声には今までのような冗談めかした調子はなかった。

 もしかして忠告をしてくれた? メレ・メレスの顔を見ると、彼はにやりと笑っただけで、それ以上は何も言わなかった。


「事情を伝えてくるので、少し待っていてください」。メレ・メレスの連れが先に借りた部屋の前にたどり着くと、彼は扉をノックしてから、わずかに開けた扉の隙間に身をすべり込むようにして部屋の中に入って行った。


「――――――」


 女性の声が、扉越しに聞こえた。若い、というか幼い、子供のものに聞こえるような高い声だった。それにメレ・メレスの声が続く。女性の声は怒っているような荒々しい調子ではなかったので、フォズはとりあえず一安心。


 聞き耳を立てるのも悪いなと思いつつも、どうしても聞こえてくる声に意識が吸い寄せられてしまう。だからといって耳を押さえるのは何か違う気がして――そうこうと葛藤をしているとゆっくりと扉が開かれて、メレ・メレスが顔だけをにゅっと出した。


「お待たせしました、どうぞ」


 その笑顔は、どこか力ないように見えた。フォズは何か嫌なものを感じながら、ここで引き返す訳にはいかなかったので、扉を引いて部屋の中に入った。


 部屋はなかなか広いものだった。ベッドの数から二人用の部屋なのが窺えるが、三人でも全く狭さや息苦しさは感じない。ベッドシーツと折りたたまれた布団は眩しく感じてしまう程に白く、床はもちろん、部屋の隅やランプの上などの汚れがたまりやすい場所にも僅かな埃すら窺えない。

 ……どうしてこの宿は裏通りに位置しているのか、すたれた外観をしているのかがつくづく疑問だった。


「どうぞこちらにお掛けになってください……」


 メレ・メレスが椅子を一脚引っ張って来てフォズの前に差し出した。「……ありがとう、ございます……」。しかしフォズにとってはこのあまりにも清潔な内装よりも気になっているものがあった。


 手前側のベッドに腰を下ろした、褐色の少女の姿だった。胸元、脇、へそ、太ももなど、少しでも多く身体を露出しようとするような独特――というか、破廉恥な格好。まるで下着姿にも見える際どい大格好だったがそこまで行くと不思議といやらしいとは思えず、何らかの意図のようなものを感じさせる。

 彼女は一見すると華奢に見えたが、腕や脚、腹筋は非常に筋肉質だった。動きやすさを追求してのこの格好なのだろうか。


 だが――そこではない。フォズが気になっているのは彼女の際どい格好とその理由ではない。褐色の、皮膚。緑色ではないのだ。

 そしてその顔もメレ・メレスのようなゴブリンとの共通項を見つけ出す方が難しい、明らかにヒューマンやエルフと同じ系統の顔つき。


 メレ・メレスの同行者とはゴブリンではないのか? ……確かに、彼はそんなことは一言も言っていなかった。これはフォズの完全な思い込みだ。


 小さい身体、褐色の肌、そして筋肉質な身体――――これに当てはまる特徴の種族は一つしかない。

 そしてそれは、この街には、この領土には、居てはいけない存在なのだ。


「ドワーフ――何故ドワーフがトロル領に――――!?」


 しかしフォズの驚愕に反して彼女の反応は冷ややかだった。くつろいだ姿勢のままほとんど動じた様子も見せず、「あたしがここに居ちゃ悪い?」と不機嫌そうに言った。


「別に、ドワーフがトロル領に立ち入っちゃいけないなんて決まりはないわよ」


「大丈夫ですよ」メレ・メレスが言った。「街を歩くときは、ちゃんと身体は隠してますから。それに明日にはもう出ます」


「いや……そうだとしても…………」


 トロルとドワーフの関係性は……複雑な訳ではないが簡単とは言い難い。ただ一つ言えることは、トロル領に住むトロルのほとんどは、ドワーフと関わることの一切を拒んでいるということ。もし彼女のことがこの街のトロルたちに知られれば――生きてこの領土から出ることはできないのではないか。


 フォズが動揺を隠せずにいると、ドワーフの少女は苛立ちを隠そうともせずに「何?」と睨んできた。「ずっとこうしてきたあたしたちが大丈夫だって言ってるでしょ?」


「えっ、その…………すみません」


「まあ、まあ、ローニャン、そこまでにしておきなさい」


「何よ? そもそもあたしはこのエルフが来ることに承諾してないんだけど」


「旅は道連れですよ」ドワーフの少女――ローニャンの荒い言葉に動じた様子もなく、メレ・メレスは返した。「わたくしたちも見ず知らずの人たちに助けてもらったこと、何度もあるでしょう?」


「……ふん」


 ローニャンは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ベッドに勢いよく倒れ込んだ。メレ・メレスはその様子を見て、肩をすくめて苦笑を浮かべた。


「名前は?」


「……あっ、私ですか?」


「あんた以外誰がいるのよ」


「アーフェンのフォズオラン、です。フォズと呼んでください」


「どう呼ぶかはあたしが決めるわよ。……あたしはローニャン。よろしくしなくて構わないわ」

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