第二十一話 死体置き場
シュダ山に立ち入った時からアナトーはずっと鼻をひくつかせていたが、その理由をフォズとエンマディカの二人が感じ取れたのは、歩き続けて一時間ほど経った時だった。
腐敗臭。生きものが土に還る、その過程で発する臭いだ。
生物の腐敗臭と生ごみの臭いは似て非なるものだ。その最大の差別点は、甘い臭いがすること。
腐敗臭はまず臭いの濃度が全く違うのだが――直接嗚咽感を刺激するようなつんとしたあの臭いの中に、砂糖のこげるような、まったりとした甘さが混ざっているのだ。
それもわずかになんてものじゃない。
濃厚で、ねっとりと鼻腔に絡みつく、不愉快な甘い臭い。フォズの好物である干し肉が腐ったとしても、こんな重々しい甘い臭いは発さない。
「人……ではないですよね」
手ぬぐいで口元を覆いながらフォズが言うと、「そうですね……」とエンマディカ。彼女はその異臭を防ごうとしないどころか、むしろ鼻を小刻みに動かして、その臭いの出どころと正体を突き止めようとしているようだった。
アナトーは鼻が良すぎるがゆえに、そして臭いが強すぎるがゆえに、その臭いの源を特定することは難しい様だった。
「妥当に考えてハーピィの死体だと思いますが……」
しかし断定はしなかった。二人はそれから臭いの強くなる方に足を動かして――ぶん、ぶんと無数の蝿の姿と羽音が気になり始めたころ、少し開けた場所に出た。
そこには深くはないが広い穴が掘ってあって、数えきれないほどのハーピィの死体が放り込まれていた。
どうやらここは死体置き場のようだった。ここまで近づけばその異臭も尋常ではない。エンマディカは流石にこらえきれない様子で、手拭いで口と鼻を覆う。
穴の上には尋常ではない数の蝿が縦横無尽に飛び交っていて、それらが口や鼻に入るのを防ぐためもあるかもしれない。
「……」
エンマディカはある程度距離を置いて、蝿が顔や体に衝突してくるのも気にせずにハーピィの死体の山を見聞する。フォズはそれよりも更に後ろに下がって、同じように死体を見下ろした。
肉が腐り落ちて骨が露出している部分もあったが、そのほとんどはまだ腐敗の途中、というかその真っ盛りという感じ。この場所の気温からすると……死後一週間ほどだろうか?
ハーピィたちが一体どうやって殺されたかは、肉がぐずぐずになっていて分からない。首や腕などが切断されているような死体は無いように見えるが、しかしそれもハッキリしたことは言えない。
ただそれよりも、今この時点で確実に言えることが一つある。
「相手には、明確な知性がある……」
「はい、私もそう考えます……」
エンマディカが暗い表情で頷いた。
殺した相手を放置するでもなく、食事とするでもなく、死体置き場を作ってそこに遺棄する。これは誰が見ても獣の所業ではない。
相手にはには知性がある。それが自分たちにとって良い方向に転ぶかどうかは、分からない。
言葉が通じるということは争わなくて済む可能性があるということだし、知性があるということは争わなければならなくなったときの脅威が跳ね上がるということでもある。
「……ここからは、慎重に進みましょう」
死体の山の見分を済ませたエンマディカは、顔色を青白くさせながらそう言った。
「少し、休んでいきましょうか?」
フォズが提案するが、エンマディカは首を振った。……が、すぐに申し訳なさそうに「少しだけ、水を飲んでいいでしょうか?」。フォズはもちろん首を縦に振った。
フォズはほっと胸を撫で下ろした。本当に休みたいのはフォズの方だったから。あるいは、エンマディカはそれを見透かしていたのかもしれない。
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