第十六話 順調に
きい、きい、きいと、ハーピィの煩わしい声が平原に響いていた。
槍持ちが槍を空に掲げて振り回す。それだけでいい。槍の先、鍬の先にハーピィの身に余る大きさの羽根が引っかかれば、それだけでハーピィはバランスを崩して落ちていく。そうなれば後は農具でも簡単に止めを刺せる。
墜落したハーピィに止めを刺そうとしている隙を狙うハーピィにはフォズが的確に矢を打ち込む。運よく槍と弓から逃れても、逃げた先にはとめどなく石が投げつけられる。あまりにも順調だった。
「これであと――十匹くらいか!?」
ダリルマイが勢いよく槍を突き出すと、銀の切先は的確にハーピィの胸元を貫いた。ハーピィは羽根を無茶苦茶に動かして槍から逃れようとするが、もがくほど下へ下へと深く刺さって行き、ほどなくして身体の動きを止めた。
ハーピィの刺さった槍は流石に振り回せない。引き抜く余裕もないので、ダリルマイは槍を投げ捨てて、予備で用意してあった鍬を手に取った。
ダリルマイ達槍持ちの顔や腕は、ハーピィの羽根による細かい傷に塗れていた。
致命傷には程遠い、転んだ方がまだ酷いという程度の傷だが、これだけたくさんあればもちろん痛いだろう。だが彼らは誰一人痛がる素振りもなく、ただハーピィを見据えて槍を振り回していた。
順調だった。だがフォズはあくまで慎重に、慢心をせずに矢を引き絞っていた。
嫌な予感があったから――という訳ではなく、これが狩人の習性だ。獣は生きている、つまり感情がある。予測できず理解しきれないから感情。常に想定外のことは起こり得るのだ。
きい、きい、きいと、ハーピィのけたたましい声がフォズの耳を触った。
この音は頭に響く。頭が痛くなる。きい、きい、きい。きい、きい、きい。ハーピィの数は半分以下になったはずだが、このけたたましい声はまだ響いていた――ふと。
ふと、疑問を抱いた。
何故こんなにうるさいんだ?
ハーピィは数が減ってるはず。交戦しているから騒がしいだけ?
でも――それでも音が減らないのはおかしい――どころか、増えている?
「う――後ろから来るぞ!!」
背後に構えていた投石隊が叫んだ。後ろ?
嫌な気がする。嫌な気がする。ハーピィは巣を追われた。その残党が今交戦しているハーピィたち。じゃあ山から逃げたハーピィはどこへ逃げた?
どこか遠くの森の山。そうだ、そういう個体もいるだろう。しかし――すぐ近くには森がある。そしてそこは、アーフェン村がある。村を作れる程度には平穏な森がある。
嫌な気がする。嫌な気がする。フォズはもう何が起こっているか分かっていた、分かっていたはずだった――振り返る。
先程と同じように森からは黒い渦が湧きあがり、そこからハーピィがこちらに向かって飛来して来ていたのだ。その数はガラ山から現れた数の非ではない。少なく見積もっても五十匹――。
「投石隊は私の元へ! 急いでください!!」
何てことはない、ウサギノナキガラの臭いに焚きつけられて、森の中に潜んでいたハーピィたちがやって来ただけだ。ガラ山が風下でアーフェン森が風上、だから森に臭いが遅れて届いただけだ。
そして当たり前の出来事とその結果によってフォズ達の包囲陣が崩壊し、こちらが挟撃される形になってしまっただけだった。
「槍持ちは外、皆を覆う形に! 槍を構えて! 投石隊はなるべく小さく固まってください!!」
今フォズ達は、フォズを中心にして投石隊、槍持ちの順に固まって陣形を組んでいる。外円の槍持ちが槍を構えてにらみを利かせて、ハーピィたちをけん制している状態だ。
ハーピィたちはまるで意趣返しのようにフォズ達を取り囲んで、こちらの様子を窺っていた。
「石は投げないでください! 槍隊に当ってしまいます!」
しかしこの密集状態では満足に矢を射ることもできないのだった。
双方硬直状態ではあるが、こちらは行動を起こせないのに対してハーピィは行動を起こしていないだけ。選択の自由はハーピィの側にあるのだった。
そして、もしハーピィたちがある程度の犠牲をいとわずに総突撃の選択肢を取れば、フォズ達はそれまで。
それまでに何とかしなければ――何とか。
「……決して背中は見せないでください。しっかり槍を構えていれば、やつらもそうそう手出しはできないはず」
しかしこうなってしまえばもうフォズの管轄外だった。狩りをするから狩人なのだ。自分より能力で勝る獣に、策と道具と武器を弄して優位に立つからこそ狩人なのである。
ハーピィ相手に築いた優位性が崩れてしまった時点で、狩人フォズはハーピィに敗北してしまったのだ。
「……」
その中でも一つ、この状況を打開できるかもしれない方法で思いついたものがある――それしか思いつかない、という表現が正しいか。
それはフォズが単身この陣から飛び出してハーピィたちの気を引くという、作戦とも言えないただの案。しかし考えれば考える程これしかないという気がしてくる。
結局、状況を変えるには動きを作らなければならない。ハーピィがその動きを作るよりも先にこちらから行動を起こさなければならないのだ。そしてそれができるのは、弓と脚と経験のあるフォズしかいないのだ。フォズはねっとりとした唾液を飲み込んだ。
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