二章 岩召す者たち

第八話 ボルミン

 天然の鎧をまとっているようなもんなんだ、武器を取ればきっとあっという間に成り上がれるのに。


 ――傭兵アインツ・ルーヴェン/ヒューマン




*




 凶悪な顔つきに勘違いしてはいけない。良い意味で何も起こらないつまらない日常を愛するという点では、彼らはハーフリング以上だ。彼らの村は三日どころか二日で飽きるが、彼らの農作物は三日と言わず五日でも十日でも一月≪ひとつき≫でも味わっていたい。


 ――『ロイツの冒険奇譚』著:ロイツ・ミセリア/ヒューマン 




*




 亜人の奴隷が作った野菜? そんなもの食って平気なのか? 緑や岩の皮膚が移ったら敵わんぞ。


 ――耳戦争中、とある兵士の呟き




*




 村の外れで父から引き継いだ牧場を経営するボルミンは、村の皆から変わり者と呼ばれていた。一体どこが、と尋ねると、皆決まって言葉を濁すけれど。


 別に村の人たちとの関係は悪い訳ではない。よく顔を出すし(自分の生活や牛に必要なものを手に入れるために、少なくとも週に一度は赴かなければいけない。不便なことこの上ない)、歳の近いやつとは結構話し込んだりはする。だけれどそれでも変わり者は変わり者らしい。


(おれなんて、どこにでもいる普通の人間だと思うんだけど……)


 牛の乳を搾りながら、ぼんやりとそんなことを考える。本気で気にしている訳ではない。暇だから戯れでそんなことを考えてみているだけだ。


(おれ、なんか変なことを言ってるのか……?)


 だけれど薄々、気付いていた。この村から離れたところにある農場、ボルミンは確かに不便を感じていたけれど、でも必要以上に人と関わらないこの生活は喜楽でもあった。

 村のやつらは嫌いではないし決して避けている訳ではないけれど、でも自分は、牛の世話をしている時の方が心が安らいでいる。きっと村のやつらがそれを見透かしているのだろう。


「おれも父さんと同じ穴のむじなってことか……」


 今度は口に出して呟いた。ボルミンの父は人が良かったし、人嫌いでもなかったが、人と関わるのがあまり得意ではなかったのだ。人が良かったから人付き合いに疲れてしまったのだろう、とボルミンは考えている。

 結局その性分をこじらせて、「牛といる方が性に合っている」と村の外れに牧場を作ってしまった。血は争えない、ということだろうか。それともこの生活を続けるうちに、人付き合いが億劫おっくうになってしまったのだろうか。


 ぼう、と牛が鳴いた。まさかボルミンの呟きを肯定した訳ではないだろうが、あまりのタイミングの良さに「おいおい、勘弁してくれよ」と苦笑を浮かべた。


「……ん?」


 なんだか牛の様子がおかしい事に気が付く。ぼう、ぼうと、森の方を見つめながら繰り返し鳴いているのだ。次第に他の牛たちもみな同じように、森へと身体を向けて声を上げ始めた。

 こんなことは経験がなかったからボルミンは戸惑うことしかできなかったが、牛が何かに向けて威嚇をしている、ということにほどなく気付いた。


(……森から何か来るのか?)


 ボルミンはひとまず、牛たちをなだめてからひとまとまりにすると、用具入れから鍬や鍬など武器になりそうなものを引っ張り出してきて、牛たちの先頭に立って森を睨みつけた。


 ……牛は、おれが守ってみせる。

 この時の彼には、何故だか「逃げ出そう」という考えはなかった。

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