第五話 血脈の

「先程おっしゃられた様に、私たちはあなたのお姉さまであるカフェトラン様についてお話を伺いたく、この村にやってきました」


「はい」


 フォズが頷く。その仕草を、エンマディカは鋭い目つきで見ていた。

 エンマディカの“連合”という自己紹介、そしてカフェトランの名前を出してもフォズが大して動揺していない様子を見て、自分たちがカフェトランの何を知りたいのか、フォズがその大方の予想がついているということを察しているようだった。


「どうぞ、何でもお聞きになってください。答えられることなら何でも答えさせていただきます」


「……あなたのお姉さまは、数年前にこの村を発った。それは間違いないですか?」


 それでもエンマディカはいきなり核心的なことに踏み込まず――確認の為なのか形式的なものなのかは分からないが、順序立てて初めから質問するようだった。

 フォズはすぐさま「はい」と頷いた。


「正確には四年前の――この頃だったと思います」


「お姉さまがこの村を立ったことは、あなたにとって意外なことでしたか?」


「……いえ。姉はこの村を愛していましたが、ハーフリングのような牧歌的――ごく普通の田舎らしい、つまり閉塞感のある暮らしは嫌悪していましたから」


「お姉さまは都会に憧れていた、と?」


「……いえ、それも違いますね。田舎暮らしを嫌って都会に憧れていた訳ではありません。何と言えばいいのか――正義感が強かったんです。そしてエルフという種族に誇りを持っていました。私の姉は、簡潔に言えば、非常にエルフらしいエルフだったと思います」


 なるほど、なるほど、エンマディカは頷いた。


「では、お姉さまは、先の大戦によって変わってしまったエルフの現状にも、不満を持っていましたか?」


「はい。ですからそこも、姉は非常にエルフらしかったです。若いエルフの、典型的というか象徴的な思想をしていました」


「……フォズオランさん」


 改まった様子で、エンマディカがフォズの名前を口にした。


「はい」


「あなたは……お姉さまが血脈のエルフに”染まった”ことを御存知でしたか?」


 ……これが、エンマディカの本題だった。

 フォズはやや間をおいて、「はい」と頷いて見せた。




*




 エルフと言えば、この時代には大きく分けて三つの種族が存在する。異種族間の交流も増え混血が進む現在では、これらに限らない特徴を持ったエルフやその集団も存在するが、少なくとも種族として数えられているのは三つである。


 しかし、普通エルフと言えば色の白くて自然を愛するかの者だけを差す言葉であって、灰色の肌をした夜と共に生きるナイトエルフ(あるいはダークエルフとも)は含まれない。


 エルフとナイトエルフはその輪郭は殆ど一緒だが、生態、肌の色、そして生き様そのどれをとっても似ても似つかない。ほとんど真逆と言ってもいいだろう。古くから生きる者は彼らをそれぞれ白エルフと黒エルフと呼称することもある。


 三つ目のエルフである”血脈のエルフブラッドエルフ”――、これは少々特殊である。というのも、ブラッドエルフは正確には種ではないからである。ブラッドエルフとは、思想、あるいはエルフ内で近年幅を利かせつつある派閥のことである。


 ブラッドの名の意味するところは血液ではなく血脈のことだ。

 神から続く高貴な血脈、それを誇る為の名前。先の種族間大戦で奪われたエルフの誇りを忘れないための名前なのだ。


 彼らの目的は革命だ。主にヒューマンによって奪われたエルフという種族のかつての姿を取り戻そうと活動を続けているのだ。

 そういった思想のエルフは大戦後からずっと存続していたが、誰が言い出したかブラッドエルフという名称が生まれたせいで――つまり分かりやすい立場表明と結束感が生まれたことによって、ブラッドエルフに”染まる”者が戦後生まれの若者を中心に増えつつあるという。


 高貴な血を意味するブラッド――しかしそれが“血を流す”という意味に塗り替えられてしまう日も遠くないと言われている。あるいはもうすでに……。




*




「そうですか……」


 フォズの返事を聞くと、エンマディカはそう相槌を打ってから、目を瞑ってゆっくりと息を吐いた。


「ああ、いや……直接姉からそのことを聞いた訳ではありません。ですが、まあそうなるだろうなと思っていたので……」


「なるほど」


「その事に気が付いていたのは、私とエトバル様、……他に察している人もいたんじゃないですかね。さっき言ったように姉はああいう性格でしたし、この村じゃあまり縁の無い話でしたが、染まるエルフは決して少なくないんでしょう?」


「ええ、そうです。……ブラッドエルフの数は、今ではナイトエルフよりも多いと言われています」


 ……決まった住処を持たない、親が子供に名前を付けない、といった変わった文化を持つナイトエルフ。彼らは十大種族に数えられながらも、その中では数が極端に少ないというのは知っている話だったが、しかしいまいちピンとこない表現だった。


「この血脈のエルフブラッドエルフたちが、私たち“連合”の目下の課題なのです。過激な行動に走る者ばかりではないのですが、ゲリラと化して他種族を襲う者もおりまして――」


「姉もその一人だと?」


「……はい」言いにくそうに、エンマディカ。「と言いますか……その……」


「?」


「……あなたのお姉さまは、ブラッドエルフだけではなく、多種族から成る革命軍を組織しております」


「革命軍……」


「はい。軍というよりは一団と言った方が正しいでしょうか。今はまだ決して大規模な組織ではありませんが、かなりの速度でその規模を拡大しています」


「……そうですか」


 わざわざ連合がやって来るということは、それなりのことをのだろうとは思っていた。彼女がこの村を発った時から、何か大きな目的があるのだろうとは思っていた。だが――革命団、と来たか。


「私たちがこの村に来たのは、お姉さまのことを聞きに来たのはもちろんですが、その報告でもあります。あなたのお姉さまは世界秩序にあだなす者として指名手配されています。ですから私たちは――――」


「はい、分かりました」フォズは、エンマディカの言葉を遮るように、そう言った。

「そうなってしまっても、しょうがないことだと思います。姉はそれだけのことをしてしまったのでしょう?」


「……はい」


 エンマディカは、うつむきがちに頷いた。唇を軽く噛んでいた。……申し訳ないな、とフォズは思った。これを告げるのは気が重かっただろう。なかなかどうして苦しかっただろう。


 ばつが悪そうに視線を床に向けていたエンマディカは、すぐに間が持たなくなり、ティーカップを持ち上げてゆっくりとその中身を啜った。

 フォズも紅茶に口を付ける。もうすっかり冷めてしまって、渋みが舌に付いた。


 口が渇いていたのか、あっという間にその中身は無くなった。カフェトランがブラッドエルフになったことは予測がついていたし、連合がやって来る今日のことも知っていた。だけれど、言葉が出てこない。

 知っていたことを告げられただけなのに、エンマディカに返す言葉が見つからない。 


 その理由は明白なのだけれど、分かり切っていたのだけれど、それを認めると、それを受け止めると駄目な気がして、上手く言葉に表せないけれど駄目な気がして、だからフォズはふうっと、思考を息と共に吐きだした。「お茶、淹れてきますね」と二人分のカップを手に再び台所に立った。

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