第六話 普通の姉妹

 カフェトランの人相書きを見せられて、これで間違いないかと尋ねられる。

 背丈、毛の色やの癖、声色、耳の形、それから口癖やほくろの位置まで尋ねられて、フォズはそれに嘘偽りなく答えた。


 エンマディカはフォズの全ての証言――例えばカフェトランは自らの赤土のような髪色を「エルフらしくない」と好んでいなかっただとか、逆に鋭利な程に尖った耳を誇りにしていただとか、もっと雑談のような話のその全てを、几帳面な細かい文字で書面にまとめていた。


 エンマディカはカフェトランについての聴取、そして報告だと言っていたけれど、それともう一つ、フォズ達この村の人間がカフェトランと繋がりが無いかを確認しに来ているということは安易に予想が付いた。というか、それをしない訳がない。


 カフェトランを匿ったことは無いか、連絡は取り合っていないか、同じような思想の者は他にいなかったかということを、エンマディカは遠回し遠回しに繰り返し訪ねてきた。

 もちろんフォズはこれにも正直に答えた。つまり、心当たりはないとだけ伝えた。


「――長々と、ありがとうございました」


 幾つ、質問に答えただろうか。ずっと立ちっぱなしだったために、足の疲労が限界に達し、もう立っていられないと思ったところで、エンマディカはやっと手帳を閉じてくれた。

 エンマディカの手帳にはおぞましいと言っても過言ではない程の文字が綴られているだろう。動かずにただ立っているだけ、というのは、歩き続けるよりも辛いものだということを、フォズはこの日初めて知った。


「いえ、こちらこそありがとうございました。……エンマディカさん、足、辛くないですか?」


「はは、まあ――」言いかけて、エンマディカはハッとした。「いえ、そんなこと……ないですよ」


 どうやら彼女も相当に疲れているようだった。それでも、まだまだ何時間でも立ち続けられますといった風ではあったけれど。


「それで、まだ私にはしなければいけないことがあるのですが……」


「何でしょう?」まだ働くつもりなのか、とフォズは内心驚いていた。


「この村の代表と、少し話したいことがあるのです。それはエトバル様でよろしいのでしょうか?」


「……多分そうです。この村に長はいませんが、エトバル様がまとめ役みたいなものですから」


「承知しました。……大変、ありがとうございました」


 エンマディカはその場で最敬礼、再び感謝の言葉を述べた。長い敬礼だった。フォズが頭を上げるように言っても、しばらくその姿勢を崩そうとしなかった。

 ようやっと顔をあげたエンマディカは、「お前は立つためだけじゃなくて歩くためにあるんだぞ」と脚に歩き方を教えるような大げさな仕草で足踏みをした。


 エンマディカは家の入口に立ち、もう一度フォズに向かって深々と頭を下げた。フォズもそれに習ってお辞儀。彼女がドアノブに手をかけたところで――もう一度、何かを思い出したようにこちらを振り返る。


「お茶、大変おいしかったです。ごちそうさまでした」


 そして今度こそフォズの部屋の扉を開いて、外でずっと周囲を見張っていたらしいエトバルと共に、今度は彼の家と思われる方へと消えて行った。


「…………ふう」


 エンマディカがいなくなると、フォズは机の上に両腕と上半身の体重を預け、しかしそれでも立っていられなくてその場にへたり込んでしまった。糸が切れたようにフォズの身体に疲労が襲い掛かる。


 エンマディカがいた際も感じてはいたが、なんとか立っていられることはできた。

 今はそれすらできない。体力もそうだが、それ以上に気力が限界である。動けるが、動かせない。

 それでも何とか寝台の元へと這いずるように移動して、身体を上に乗せた。


 目を瞑ると、様々な感慨や思い出が胸の底からにじみ出してきた。特別仲のいい姉妹だとは思っていなかったが、両親のいない二人には互いが唯一の家族だった。

 涙が滲んできそうだったが、やはりそれは駄目だと思って、堪えていた感情が決壊してしまいそうで、フォズは逃げるように夢の世界へ落ちて行った。

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