第155話 俺、冥界下りをする

『皆さん準備はよろしいですか?』


 ここ一週間くらいずーっと俺達と一緒に生活していた月の女神が、ずらりと並んだオクタマ戦団を見回す。

 王都の住人も、なんだなんだと見物にやって来ていた。


『これから冥界下りを行いまーす。歴史的瞬間ですよ!』


 おおーっとたくさんの野次馬からどよめきが漏れた。


 月の女神ハームラは、神々が管理する様々な場所へ移動する権能を持っているのだろう。

 俺達を引率し、これから冥府へひとっ飛びなのだ。


「まさかうちの屋台で毎日骨付き焼き肉を食ってた姉ちゃんが女神だったとはなあ……」


「俺の屋台でも毎日はしごしに来てたぜ。支払いはオクタマ戦団につけとけって言ってて」


「なにぃ……」


 俺はじっとハームラを見た。

 ハームラが凄い量の汗をかく。


『お、オクノ団長の太っ腹なところを見たいなーと思いまして』


「なんてポンコツ女神なのだ」


「ごめんねオクノ、うちの神様が迷惑かけて……」


「ラムハがこんなにちゃんとしているのに、信仰される先の女神様がどうしてちゃらんぽらんなのだ」


「神の寿命は長いから、恥はかき捨てっていうことで気にしてないみたい。噂する人も五十年もすれば誰もいなくなるし」


「神の感覚でちゃらんぽらんに過ごされるのたちわるいなー」


『こ、こらあー! ラムハ! わたくしの巫女なら、わたくしの味方をなさーい!』


「ハームラ様。私、もうオクノの妻になりましたから。なので、元巫女です」


『何千年も連れ添った女神を放っておいて、男を取るのですねっ! うえーん』


「嘘泣きしてもダメです! 私、ここで青春とか人生を取り返すんです!」


 ラムハの決意は堅い。

 これには野次馬達が、やんややんやと喝采した。


「いいねえー、女神様に啖呵を切るなんて!」


「そうだよ! 女の人生は一度きり! やりたいことやって太く短く生きなきゃ!」


「母ちゃん、男の人生も一度きりだよ」


 大変賑やかである。

 あまりにも賑やかすぎて、なんだなんだと王国の兵士達も駆けつけてきた。

 そして、中心に俺達オクタマ戦団がいるので、「なーんだ」とすっかり安心した風になって野次馬に加わる。


「オクノくん、なんか大変なことになってるから女神様急かして。ラムハもー」


「おお、そうだった」


「はいはい。ハームラ様、そろそろお願いします」


『ええーい! 行きますわよ! これじゃあ、わたくしの恥が末代まで語り伝えられてしまいそうですもの! 冥界下りーっ!!』


 ちなみに視界の端で、日向とフロントが手を握りあって別れを惜しんだりしてる。

 完全にできてる感じになったなあいつら。


 紫色の光が生まれ、俺達を包み込む。

 足の下が、なんだかふわふわしてきた。


『ウオオオオオ! ちゃんすデスヨーッ!! コノ機会ニ飛ビ込メバ、キット対応デキマイーッ!!』


 両手を振り回しながら、ドラム缶ロボのダミアンGが突撃してきた。

 バカめ、お前の性格を読んでいないとでも思ったか。


 ダミアンGの前に、ミッタクがどーんと現れる。


「ふんっ」


 ミッタクがお尻を突き出すと、ダミアンGはそれに当たってぼいーんと跳ね返された。


『ウワーッ!! 何タル反発力ゥーッ』


 そして俺達の足元が、唐突に抜けた。


「お!?」


「ひゃあーっ!」


「きゃーっ!」


 ラムハとアミラが俺にしがみついてきた。

 自由落下開始なのである。


 なるほど、冥界下りだ。


「わんわん」


「ああ、フタマタ、これは多分気にしなくても大丈夫なやつだと思うぞ。フリーフォールに見せかけて、実はエレベーターみたいなもんだろ」


 自由落下する時の、ヒュンッという感覚がない。

 速めのエスカレーターで下っているような。


「ほう、この感覚、肉体が覚えておるようじゃ。懐かしさを感じておるぞ」


 シーマも落ち着いたものだ。

 西府アオイの肉体は現代人のものだからな。


「普段落っこちる感じとは全然違うよなあ。なんか危機感がないわな」


 ミッタクも平常通り。

 彼女の場合、バイキング活動をする時に、船と船の間を渡り歩いたりマストから飛び降りたりするらしいからな。


「これは呪法エレベーターで下る感じであるな」


「ああ、懐かしい感覚だ」


 古代人のジェーダイとフロントの二人も気にしていない。

 そして残る一人は。


「むむっ」


 平気な顔をしていたのだが、俺に抱きついて本気で怖がっているラムハとアミラを見て、空中を泳いできた。

 カリナである。


「きゃーオクノさんわたしも怖いですー」


 棒読みでそう言った後、正面から俺の首にしがみついてきた。


「何気にカリナ、度胸があるところあるよなあ」


「ふふふ、落ちる感じくらいで怯えてたら、命がいくらあっても足りませんから。ヨク分からない状況は、考えてとっぱしないとなのです」


 凄く近いところでカリナはドヤ顔になった。

 ここで彼女は、ラムハとアミラを観察。

 二人とも他を気にする余裕がないと確信した後、俺に囁きかけてきた。


「ところで、わたしはずっと他の皆さんを観察してきたんですが、どうやらオクノさんは皆さんとエッチなことをしているのでは?」


「鋭い」


「エッチな内容については教わったことがないので全く分かりませんが、こっちは分かるので今からやります」


「ほうほう……」


 俺が頷いていたら、カリナが伸び上がってきて、俺の唇に彼女の唇を重ねてきた。

 一瞬だが、バッと離れたのはカリナだ。


「ふふふふ……これでわたしも、大人の仲間入りです……!」


 そう言いながら、彼女が耳や首筋まで真っ赤になる。

 大変初々しくてかわいい。


 俺の両腕がラムハとアミラに占領されていなければ、ナデナデしているところである。


「わんわん」


「分かってるよフタマタ。ちゃんとカリナは成人してからお相手する……」


「わふん」


 優秀なお目付け役であるフタマタは、俺の自制心がバーストしないようにチェックしてくれているのである。


『むふふふふ、オクノ団長はモテモテですねえ』


「お陰様でモテモテになったのだ」


 割とこれは本気。

 俺が月の女神の封印を解いたみたいな事になって、責任を感じてラムハと一緒に行動するようになった。俺が復活したハームラをどうにかする、みたいなぼんやりした気持ちがあったからである。

 そうしたら今はこの有様だ。


 ハームラ様様かも知れない。


『モテモテなところ悪いですけど、もうすぐ到着ですよ。はい、皆さん着地します。そこで不思議な体勢で遊んでる古代文明人ふたり! 直立しないと怪我しますよ!』


「もう到着であるか」


「ちょっと残念だな」


 上下逆になったり、両手を広げてくるくる回転したりしていたジェーダイ・フロント組。

 何をしているんだお前らは。


 そして女神の通告の通り、俺達は冥界の大地に降り立ったのである。


 浮遊感がなくなり、足の下がしっかりとした硬い地面になったことが分かる。

 俺は両腕と首に女子をぶら下げた状態だ。


「三人とも降りてくれー」


「も、もうついたの?」


「よかった……無事で……」


「ちぇー」


 ラムハとアミラが離れ、カリナはちょっとむくれながら俺に絡めていた手をほどいた。


「さて、ここが冥府か」


 冥府とも冥界とも言うが、地の底に広がっている、この広大な世界全体を指し示す言葉が冥界。

 その中で、冥神ザップが管理する領域を示すのが冥府。


「親父が何回か言って、お袋と会ってるところか。そう言えばうちのお袋いるんだよなー。子どもの時以来だから、会うの楽しみー」


 ミッタクのテンションがちょっと高い。

 親父さんを度々冥府に行かせているのはどうなのだろう……?


 周囲は地の底だと言うのに、案外明るい。

 空は無く、かなり高いところに天井がある。それ自体がぼんやり輝いているのだ。


『それでは、ザップのもとに向かいましょう! 今頃、死者がたくさんやってきて困っているはずですから!』


 元気よく、ハームラが号令を発するのだった。


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