第145話 日向マキ航海記5・実体を持った分身オクノ

 多摩川くん達が先に出発しました。

 凄い速さで遠ざかっていきます。

 やっぱりあのバギーは速いなあ。


「マキ。俺達はどうするんだ? まだ休んでいていいのか?」


 フロントくんが尋ねてきました。

 日本から戻ってきて、私とフロントくんの間はちょっと縮まった気がします。


「ええとね、補給を終えたら出発だって。一応一日休んでからだから、明日の午前中にはこの港を出る感じかな」


「そうか。じゃあ、その間に買い物をしておきたい。俺の装備はさすがにくたびれてきたからな」


 フロントくんの武器、幽霊船から回収した剣だったから、そこまで品質のいいものじゃなかったみたい。

 度重なる戦いで、すっかりボロボロ。


「じゃあ、予算は私からイーサワさんに申請しておくね。多摩川くんのお父さんもいるから、話しやすくなったかも」


「ああ、助かる……! 俺は金勘定の事は全く分からなくて。それと、マキ」


「なぁに?」


 気がついたら、フロントくんがとっても近いです!

 息がかかるくらいの距離にいます。

 あー、やっぱり私、この人のこと好きだなあ。


「新しい武器を選ぶに当たって、君の意見を聞きたい。付き合ってくれないか?」


 付き合ってくれないか!?!?!?


 お、おおお、おおおおお、落ち着いて、マキ!!

 買い物に付き合ってって言われただけでしょ!


「う、うん!! もちろんいいよっ!!」


 私は自制心を総動員して答えました。


『オヤ、買イ物デスカ。ワタシモ行コウ』


 あっ、余計なのが。


「えいっ」


『ウワーッ!? 何ヲスルノデスまきサン! アーレェーッ!』


 よしよし、ついてこようとしたドラム缶ロボさんは、海に蹴落としておきました。


 リザードマンのみんなが集まってきて、網を用意しています。

 誰が先にダミアンさんを引っ張り上げられるか競争するみたいです。


 ……なんか、リザードマンのみなさんの中に、ナチュラルにゆずりとルリアちゃんがいるんだけど。


「体格的に、あたしとルリアでコンビね!!」


「いいよー! デュエルで戦った仲だ! ライバルが今度はコンビだねー!」


「人間の女二人なら、ちょうどいいハンデ」


「リザードマンのパワーを見せつける」


「何をう!!」


「友情パワー見せつけてやるからね!!」


 みんなが一斉に海に網を投下しました!

 案の定網が絡まって、ダミアンさんがぐるぐる巻きになっています。


『ピガー!! チョットチョット!! 一人ズツヤルデショー普通ー!! アッ、ソコ引ッ張ッチャラメェー』


 これは何気にダミアンさんのピンチです。

 私もフロントくんも、展開が気になってこの場に残っています。


「これはダミアンは駄目かもわからんな。必要な犠牲だった」


 基本的にフロントくん、ダミアンさんに当たりがきついので、即座に諦めてます。

 でも、ダミアンさんがいるとフロントくんがパワーアップするみたいなので、私は彼に退場してほしくないなあ。

 まあ、海に蹴落としたの私なんだけど。


 そうしたら、ホリデー号の船体横のハッチが開きました。

 そこから飛び出したのは……黒い多摩川くん!?


 彼は水に飛び込むと、


「ツァーッ! ダブルラリアット!!」


 水の中で、猛烈に回転を始めました。

 生まれる大渦。

 ダミアンさんが渦に巻き込まれ、浮上してきます!


『ナ、ナンダコレー!?』


「トマホークバスター!」


 今度は鳥みたいな姿勢になった多摩川くんが、ダミアンさんを下から突き上げました。


『ウグワーッ』


 ダミアンさんが水の中から飛び出します。

 そして、ボテ、カン、コロッと落ちて、はずみ、止まりました。


「お前は……」


 フロントくんが身構えます。


「オレか? オレは見ての通り、多摩川奥野の分身だ。ワース・ワッシャーのところで分身を回収し忘れただろう」


 よく分からないことを言います。

 だけど、ルリアちゃんがポンと手をたたきました。


「そう言えば! 幻のオクノくんに任せて密林を抜けたけど、その後幻のオクノくんが戻って来てないや!」


 どうやら心当たりがある話だったみたいです。

 そんなおかしなことがあるんでしょうか。


 あ、でも多摩川くんだからきっとあるんでしょう。


「お前がオクノだとは思えない。身に纏う、邪悪なオーラは隠しきれんぞ! それに、お前の使った技はオクノのそれとは大きく違う……!!」


「ほう……? オーラを見れるやつがいたのか」


 黒い多摩川くんが目を細めました。

 フロントくん、ちょっと無言になります。


「……オーラを見た的な、そういうフィーリング的な、なにかだ」


「フロントくん! 正直にもほどがあるよ!」


 私、思わず突っ込みました。

 見えてなかったんじゃん!


「すまない」


 フロントくんが素直に謝りました。


「なんかさ、フロントってマキにだけ素直じゃない?」


「もしかしてーもしかしてー?」


「ゆずりもルリアちゃんも冷やかすのやめてー!」


 二人とも、私とお父さんの一件を知ってるから、やりづらいなあ。

 ゆずりのはルリアちゃんからの、誇張された又聞きだけど。


 フロントくんもちょっとバツの悪そうな顔をするので、二人でこの場を離れました。


 ふう、一安心。


「済まないな、マキ。迷惑をかけた」


「いいんだよ! その、私も別にイヤじゃないし。イヤじゃないっていうかむしろ、そのー」


 もごもご言ってたら、武器屋についちゃいました。

 武器屋っていうか、金物屋さん?


 剣や槍、斧や弓矢、木と金属を組み合わせた盾や、鎖を編み込んだ鎧が売っています。

 後は、すっごく高いけれども銃とか。


 ここでしばらくは、フロントくんの新しい武器を選びます。


 ええと、フロントくんは、イクサさんみたいな万能型じゃなくて、どっちかというと変身までの繋ぎみたいな扱いで剣を使うから……。


「ちょっと刀身が細いけど、これが軽そうでいいんじゃないかな?」


「ああ、これはいいな」


 風を纏う戦士、エスプレイダーになるフロントくん。

 スピードが身上みたいなところがあります。


「予備用に何本か買っちゃおうよ。ねえ、振って見せて!」


「よし来た! うおおっ!」


 剣を振り回して、実戦みたいな動きをしてみせるフロントくん。

 むふふ、かっこいい。


「いいな。マキが選んでくれた剣は馴染む。主人、こいつをくれ」


 私だけじゃないよ。フロントくんも一緒に選んだからいいんだよー。


 金物屋のご主人が出てきて、揉み手しました。


「いやはや、奥様の見立ては確かですなあ。ご主人も幸せものだ」


「えっ、まっ」


「いや、俺達はっ」


 ひえー!

 勘違いされちゃったよー!


 ということで、私達は二人で赤くなりつつ買い物を終えたのでした。


 ……あれ?

 何かさっき、凄くとんでもないことが置きたんだけどスルーしちゃった気がする……。


 その後、黒い多摩川くんを加えた私達。

 都市国家を後にして王国に向かうのでした。


 空を飛ぶためにはダミアンさんが呪力を使う必要があるんだけど、今は電池役の多摩川くんがいないので、空を飛ぶのは最後の手段。


 黒い多摩川くんだと、アイテムボックスが無いから入れないんだそうです。


『ハハハ、マタマタ。コノ人おくのサンジャナイデショー。纏ッテル呪力ガ全然違ウッテ言ウカ人間ノソレジャナイッテ言ウカ』


「……えっ? なんかこう、馴染みがある呪力……? でも、私が知ってるわけじゃなくて……。少なくともオクノじゃないわ」


 首をかしげるラムハさん。

 アミラさんも同じみたいです。


「そうねえ、お姉さんもしっくりこないのよね」


「どれどれー?」


 ルリアちゃんが近づいていって、黒い多摩川くんにぺたぺた触ります。


「筋肉のつき方がちがーう。一晩中くっついてよく分かってるもんね」


「ルリアー!」


「この娘はー!!」


「ひー! ごめんなさーい!!」


 ルリアちゃんが、ラムハさんとアミラさんに甲板を追いかけ回されています。

 仲良しだなあ。


「奥野じゃないわねえ」


「ああ。奥野じゃない。奥野はマンガやゲームの技は使わないからな」


 多摩川くんのご両親も、多摩川くん本人じゃない認定。

 誰なんだろうなあ、この黒い多摩川くん。


「まあ気にするなよ。それより、シーマはいないのか? そうか、久しぶりだったんだがな。ま、このまま船に乗ってりゃ会えるだろ。これからどこに行くんだ?」


「ええとね、混沌の裁定者が、五花くんを操ってユート王国に戦争を仕掛けてるの。私達はそれを止めに行くんだけど」


「ほう!! カオスディーラーめ、依代がいるのか! ならば今度は直接叩けるな。いいねいいね。すぐ行こう!」


 やる気満々!

 ちょっと変わった多摩川くんだけど、五花くんを倒すモチベーションは高いみたい。

 よし、王都に向かいます!



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