第138話 俺、休憩する

『ピガー! 休憩デス! 休憩ヲ所望シマス!』


 働き詰めのダミアンがストライキを起こしたので、一休みすることになった。

 ここはどの辺りだろうか。

 ホリデー号はサンクニージュ大陸近海に着水している。


「ええと、ここはですね。新帝国南端の辺りですね。あの棘の形をした山々が目印です」


「おーおー。ワース・ワッシャーと会った辺りだな」


 地図が読めるイーサワに色々解説してもらう。

 ちなみにイーサワ、うちの親父にこの世界の数字の読みを教えたところ、元会計士のパワーでめちゃくちゃに仕事が楽になったらしく、最近はこうして甲板に出てくることも多い。


「団長のお父様は優秀ですねえ……。文字通り、僕の労力が半分になりましたよ。今はお母様が、船員たちにお料理を教えているようです。彼女の作る料理は美味しいですからね。あれが常に食べられるようになると思うと、食事が楽しみになります」


 リザードマン、基本的に生食を平気でやる人種なので、煮たり焼いたりがちょっと雑だからな。

 火を通して塩を振っとけばいいだろう、くらいのものに、ちょっと柑橘類を添えた飯ばかり食っていた俺達である。


 だが、うちの母親が来てから食事環境は大幅に改善された。

 あの人、海で取れたものを使って出汁をきっちり取るのだ。


 今もホリデー号の調理室では、24時間態勢で出汁取りが行なわれている。


 異世界キョーダリアスに、旨味という新たな味覚がもたらされた瞬間であろう。

 俺よりも異世界ものの主人公みたいなことしてるな、あの母親。


「じゃあ、ダミアンが冷却してる間は俺も羽根を伸ばすか」


「ゆっくりしてきて下さい、団長。ダミアンは僕が見てますから」


 ダミアンは甲板の日陰に転がり、文字通りゴロゴロしている。

 事態は急を要するのではあるが、無理をし過ぎてこちらが潰れてしまっては元も子もない。


 間に合わないものは間に合わないのだ。

 そこら辺、王国は悪く思わないで欲しい。


 一つの団を預かる者として、俺は最近、団員のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)なんかを考えるようになっているぞ。


「よーう、団長。一緒に釣りするか?」


 オルカに誘われた。

 なんと珍しいことに、イクサが一緒ではないか。


「イクサも釣りをするのか!」


「ああ。趣味のない男は後々辛いぞとオルカに言われてな。剣を使わず魚と勝負するのも一興かと思ったのだ」


「そうか、頑張れよ……!」


「うむ。己の夕食を己で釣り上げる。挑戦する価値があるだろう」


 俺とイクサのやり取りをニヤニヤしながら見ていたオルカ。


「ま、我らがオクノ団長はあれだな。色っぽいのがそこで待ってるぜ。ずーっとお預け食らってたからな」


 なにぃっ。


 ハッとして振り返ると、アミラが期待に満ちた目をして俺を見つめているではないか。


「オクノくん! 休憩ならお姉さんと……!」


 あっ、休憩にならなくなってしまう!!





 休憩にならなかった!

 アミラが大の字になって横に倒れていて、何か呻いている。


「あー……甘く見てたわ……。やばい。私も体力めちゃめちゃつけないとついてけないこれ……。余韻に浸る体力が残らないのは流石にやばい……」


「ごめんなー」


「オクノくん規格外過ぎだよぉ……。これについていけるの、ルリアとミッタクくらいでしょ?」


 ミッタク!


「ということで……イテテテテ」


 アミラが腰を押さえながら体を起こした。

 全裸なので、大変股間によろしくない。


 うーむ。

 我ながら精力無尽蔵。


「ローテーションは完全に崩壊したわ。かと言って謹慎中のルリアは解放しません! むかつくので!」


「なるほど……」


 ルリア、毎日「お日様が見たいよう」と嘆きながら船底での労働をしているそうな。

 抜け駆けした罰が非常に重い。

 あと三日くらいの辛抱だぞ、ルリア。


「だから、しばらくはミッタクに話して、彼女をヘビーローテで抱いてね」


「は!? いや、別に俺は禁欲していいならできるが」


「ええっ!? 年頃の男の子が禁欲できるの!?」


「淑女協定で延々と禁欲状態だったじゃないか。お陰で鋼の如き自制心を身に着けたぞ……。ミッタクは時間を掛けてな、な」


「優しいなあー。気遣われるミッタクが羨ましいぞー」


 アミラが俺の胸を、肘でぐりぐりした。


「なんかアミラ、ラムハよりも元気なのでは?」


「そりゃあ、自分の体力不足を反省して鍛えてましたから! でも全然鍛えたりなかった……。これからは鞭を使って前にも出るわね! 前衛の先輩として、ご指導、ご鞭撻の程をよろしくお願いします!」


「お願いされました」


 ということで、休憩期間はアミラの戦闘訓練に付き合うことになったのである。

 服を整えて甲板に上がってきて、アミラと訓練を始める。


 すると、まだ水泳をしていたラムハがむくれた。


「ずるい……。私はまだ基礎鍛錬なのに……」


「ラムハは女神様に頼り切りだったのが悪いの。ほらほら、何千年分か鍛え直さなきゃなんでしょ。その間、お姉さんがオクノくんを独り占めしちゃうから」


 うひひ、とアミラが笑った。

 だが、そうは問屋が卸さないのだ。


「待って下さい!! 夜のナントカはよく分かりませんが、訓練ならわたしも参加します!!」


 さっそうとカリナが登場!


「お、お子ちゃまは引っ込んでいるべき……」


「戦闘においてはわたしの方がアミラさんよりも先輩です!! ラムハさんもアミラさんも、後衛としては私の動きを見習って下さい!!」


「おっ、カリナ正論ー!」


 俺は思わず拍手をした。

 カリナが「いやーそれほどでもあります」と照れる。


 ちなみに年上の女子二名は、真っ向からやり込められて「ぬぐぐ」とか言っているのだった。


「おーいマキー遊ぼうぜー」


「ゆずり、外出てきていいの?」


「ルリアに仕事は全部教えたから、あたしは外で日光浴をするのだ……」


 向こうではルリアと明良川で下剋上が起こっている。

 明良川も散々やらかしているのだが。


 日向と明良川は、陽気の下で何やら女子トークを始めた。

 話題の内容は、日向とフロントの関係についてのようだが……真っ赤になってそれを否定する日向なのだ。

 わかりやすいなあ。


「オクノさん! もっと真面目にやってください!」


 おっと、カリナが激おこだ。

 今回は、カリナの短剣スキルと、アミラの鞭スキルを強化するのが目的である。


 ミッタクも普段ならこれに加わって来そうなものだが……。


「ミッタクなら見張り台で昼寝しているのである」


 あ、そうですか。

 ジェーダイの報告を受けて気が抜けた。


 仕方ない。

 ここはうちの仲間を強化する時間にするか。


 二人を相手取って、攻撃を受け止め、反撃し、と繰り返している。


 ほどほど時間が過ぎた頃合いだ。


「むっ!! 来た!!」


 イクサが叫んだ。

 釣り竿を高らかに持ち上げる。


 すると、フタマタが犬小屋から出てきて、


「わんわん!」


 と鳴く。

 警戒しろだと!?


 俺はちょうど、カリナに合わせて短剣を使っていたところである。

 ちょうどいい。

 短剣を使った技でも閃けるかもしれない。


 そして、イクサはとんでもないものを釣り上げた。


 水面を割って飛び出してくる、腕の生えた巨大な魚。

 でけえ!

 15mくらいあるんじゃねえか!?


『モゲーッ』


 魚が鳴いた。

 魚の鳴き声ではない。

 やつは腕を振り回して、ホリデー号を攻撃しようとしてくる。


「ワイドカバー!」


 俺がこいつを受け止めた。

 いきなりだが、戦闘開始だ!

 その隙に、仲間達の攻撃が腕付きの魚……仮称アームフィッシュに飛ぶ。


 奴の肌は鱗に覆われ、かなり硬いようだ。

 致命的なダメージがなかなか通らない。

 アームフィッシュに対抗しうるイクサは釣り竿に手一杯だし、ミッタクはまだ寝てる。


 ここは体術でぶちかましてもいいのだが……!


「あえて短剣で行くぜ!!」


 俺は船べりを蹴り、アームフィッシュに躍りかかる。


 ピコーン!

『ブラッディマリー』


 一気に、アームフィッシュの鱗が弾け飛んだ。

 一瞬、やつは白目を剥いて水中に没しそうになる。


 すると、アームフィッシュの腕が変化した。

 腕に目玉が生まれ、俺を睨む。


 本体が気絶したのだが、どうやらこいつには第二の脳みたいなものがあり、これが肉体の操作を担当するようだ。

 つまり、この魚は殺さないと止まらない……!


『モゲーッ!!』


 本体の顎を武器に使い、俺に食らいついてくるアームフィッシュ。


「だったらバラバラになるまで攻撃してやるぜ!」


 俺はあえて、アームフィッシュの口の中に飛び込む!


 ピコーン!

『ファイナルレター』


 おおっ!?

 俺の体が、技に合わせて動く。

 短剣が縦横無尽に振り回され、体内からアームフィッシュの体を切り裂いていくのだ。


『モッ、モゲ、ウグワーッ!!』


 アームフィッシュは腹の中から破裂し、俺は水上に投げ出された。


 何だ今のは。


 ブラッディマリーは、問答無用で相手を気絶させる技。

 ファイナルレターは、問答無用で相手を即死させる技か。


 やばいのが閃いたな……!

 そして当然のように、カリナに継承するのだ。


「むむむっ。弓ばかりでなく、短剣でも戦うべきみたいですね。分かりました。武器を素早く切り替える練習をしておきます」


「戦闘に関してカリナは本当に優秀だなあ」


 感心してしまう。


「そうです。わたしは優秀なんです。なので、ご褒美にぎゅっとしてくれていいんですよ?」


「なるほど……!」


 ということで、カリナをぎゅっとしてやるのだった。

 カリナ、まだ淑女協定の戦線には加われないからな!

 多少の要求は聞くのだ。


 これも団員のQOLのためである。


「オクノさん、魚くさいです」




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