第137話 俺、再び空を飛ぶ

「ダミアン、ビームセイル展開! オルカ、フロント、風の呪法を準備してくれ。え、なに、まだラムハが足腰立たない? 俺の責任なので俺が迎えに行くね……!」


 周囲に指示を出しつつ、寝室にダッシュする俺である。


「ううう……ごめんなさい。こんなことなら、もっと体を鍛えておくんだったわ。まさかオクノとのアレがあんなにハードだなんて……」


 ラムハがしょんぼりしている。


「体を鍛えるのはいい事だな。ラムハそう言えば、女子達で一番足が遅かったもんなー」


「思えば今まで、降りかかる災いは私の中に封じられた女神ハームラ様が全部祓ってくれていたのよね。それがなくなった以上、私も自分で自分を守れるようにならないと……」


「俺が守るのですが」


「それは凄く嬉しいけど! 私がこんな風になった時に襲撃されたら、あなたの足を引っ張っちゃうでしょ。もう、ばか!」


 ラムハが精一杯伸びをしてきて、俺にキスをしてきたのだった。

 いかん、抑えろ、抑えろ俺ー。

 自制心をフル動員して興奮を抑え込んだ俺は、ラムハをお姫様抱っこして走った。


 ホリデー号へと乗り込む。


「おう、遅えぞオクノ! うちら、いつでもいけるぜ!」


 既に古くからの仲間みたいな顔をしているミッタク。

 あいつには、ラムハの基礎体力をつける指導をしてもらうべきかも知れないな!


「よーし、出港だ! 目指すはユート王国! いきなり空を飛んで行くぞ。サンクニージュを飛び越えていく!」


 ここで、オルカからの意見があった。


「オクノ、ちょっといいか? 俺とフロントが組めば、風の呪法はまず途切れまい。サンクニージュを飛び越えるってのも、あながち無理じゃなくなる。だがよ。万一ってのがある。ホリデー号は規格外とはいえ、あくまで帆船だ。地上に降りられるようにはできてねえ」


「ふむふむ。つまり、海沿いを飛んだ方がいいってことか」


「そういうこった。どうする? 判断は団長のお前に任せるぜ」


 こういう時、年の功からくる冷静さで諫言とかしてくれるオルカは助かるのだ。

 他にこういう話してくれる人いないしな。


「オッケー。じゃあそれでいこう! でも、ちょっと遅れるんだろ?」


「普通のやり方なら、三日くらい遅れるな。着水しながらで、船にも負担を掛けねえような進み方になる」


「それは困ったな。ええと、誰か遅れを取り戻せる方法を持ってる人ー」


『ハァイ私ニイイ考エガアル』


 ダミアンGが元気に手を上げた。


「ええー、お前のいい考えかよー。フラグじゃん」


『おくのサンガ、ワタシヲ半分あいてむぼっくすニ入レタママ、ズーットますとノ近クニイレバイインデスヨ! ワタシノ呪力ガ途切レナクナリマスカラ! スルトデスネ、びーむせいるヲ倍クライニ大キクデキマス!』


「あ、俺の負担が重くなるだけか! それいいな! 採用!」


「オクノくーん!!」


 抗議の声を上げるアミラ。


「今夜はお姉さんの番でしょー!! そんなことしたら、私がオクノくんといいことできないじゃなーい! 何ヶ月も一緒に旅してきて、初めて巡ってきたチャンスなのにー!!」


 アミラが子供っぽい感じで怒ってる!


「アミラ、事は一刻を争うので……!」


 おお、アミラが凄くむくれている。

 後でフォローしておかねば……。


 アミラの向こうでは、人魚のロマが水のボールを作り、その中にラムハを浮かべている。


「水泳で負担が少なく足腰が鍛えられるから、まずはこれだねえ。呪法使いだからって体を鍛えなくていいって決まりはないからね」


「そうよね……。あ、これ楽ー。昨晩オクノにやられたところが全然気にならない……」


「あ、それうちにもやってもらっていい? うちも鍛えて、イクサに勝つ! オクノにも勝つ!」


「おー、ミッタクちゃんは向上心旺盛だねえ。あたい、やる気のある子は好きだよお」


 ロマがニコニコしているな。

 見た目は若いけど、あの人魚おばあちゃん気質だよな。


「ちょっとオクノオクノ! あの娘は違うの? あなたのお嫁さんじゃないの?」


「ロマはどっちかというと団の長老ポジションというか……! 確かに俺のファーストキスの相手だが」


「あらそうなのー? でも、お母さん、お嫁さんが私より年上でも気にしないからね! 頑張ってね奥野! 孫は十人くらい欲しいわ!」


 スススっと母は下がっていった。

 色恋の話があるところ、どこにでも現れるな……!

 俺に恐ろしい祝福なのか呪詛なのか分からないセリフを投げかけて行きやがった。


 気を取り直して、出港だ。


 ダミアンGが俺のアイテムボックスから半身乗り出し、マストに呪力を送り込む。

 こいつの呪力は、俺から持っていった呪力だったのだ。

 だから、一見して呪力が無尽蔵に見えた。


『びーむせいる展開デス!!』


 いつもよりも大きなセイルが出現する。

 外からこれを見守っていたバイキングが、わーっと歓声を上げた。


 そして、猛烈な風が吹いてくる。

 オルカが呼んだ呪法の風だ。


 風を孕み、セイルが大きく広がり……ホリデー号の巨体がふわり、空へと舞い上がる。


「ふ、船が飛んだー!! なんだこれはー!!」


「多摩川くんのお父さん! 危ないから身を乗り出さないでー!」


 うちの父と日向が後ろでわちゃわちゃしている。


「おお、このセイルはすげえでかさだな! どんどん風を受け止めやがる!」


 オルカが愉快そうだ。

 強烈な風を余すこと無く受け止め、ホリデー号は凄まじい速さで空を泳いでいく。


 あっという間にバイキングの里が見えなくなり、横合いにサンクニージュ大陸の光景がどんどん流れていく。


 一瞬だが、岸辺をとんでもなくでかいシロクマが走っているのが見えた。

 そいつはこちらを見ながら、何かを叫んでいたようだ。


「なんだあれ!?」


「あれ、うちの先生だよ! センセー!! うち、行ってくるからねー!!」


 ミッタクの先生!?

 ということは、あれが六欲天の一柱、ポー・ベアグルか!

 なんかフレンドリーそうな六欲天だなあ。


「見えなくなっちゃった。先生はね、時々人里に降りてきて、見どころがあるバイキングの戦士に戦い方と呪法を授けるんだってさ。いつ邪神が復活してもいいように、次なる英雄コールとともに戦える戦士を準備しておくんだって」


「なーるほど」


 俺は感心した。

 すると、ジェーダイが横合いから声を掛けてくる。


「ああ、ではついに、ポー・ベアグルの悲願が達成されたわけであるな」


「は? ジェーダイは何を言っているのか」


「邪神メイオーに抗うは、現代の英雄オクノであろう! ポー・ベアグルは、ついに英雄の隣へ自らの愛弟子を送り込むことに成功したのである。うんうん、ドラマであるなあ」


 勝手に感心されちゃったよ。


「おお、そっか、うちが英雄の介添人ってことか! うひひ、ちょっと照れるなあ」


 ミッタク、俺の奥さん候補的なそういう自覚は未だにゼロである。

 これはこれでいい。


「しかし、俺が英雄ってタマかなあ」


「わっはっはっはっは!!」


 これにはジェーダイ大爆笑。

 すぐ横にいたオルカも、舵輪を握っていたグルムルも、ラムハに水泳指導をしていたロマも爆笑した。


「よいであるか、オクノ殿! 幸運に愛された槍の乙女! 天才的弓使いの少女! 優れた水の呪法師の女! 女神の依代であった光と闇の呪法を使う娘! 貴種流離の天才剣士! 異界からの拳術娘! 双首の魔犬! 稀代の大商人! キョーダリアスの海に名を轟かせる大海賊! その右腕の蜥蜴人! 古代人の生き残り! 変わり者の人魚! 機械仕掛けの怪人! 変身する勇者! 六欲天の弟子にして最強のバイキング! これらの錚々たる顔ぶれをまとめ上げ──」


 ジェーダイは一気に捲し立てて、マストをバンと叩いた。


「空飛ぶ巨大な帆船ホリデー号を駆り、狂気の女神を正気に戻し、七勇者を蹴散らし、混沌の裁定者の術をも打破する! それがあなたなのである、オクノ殿! これを、英雄でなくば何と呼ぶ?」


「全くだ! お前は自分のとんでもなさを自覚した方がいいぜ、オクノ!」


「ええ、その通りです」


「オクノは大したもんだからねえ。これからもとんでもないことをしでかすって、あたいは期待してるよ?」


 年配組からの期待を一身に受けて、大変照れくさい俺なのである……!

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