第133話 俺、日向とタッグを組む
「日向、君に決めた!」
びしっと観客席を指差すと、日向マキはため息をついた。
「なんか……そうなる気がしてたんだよね」
「ええーっ、オクノくん、あたしはー!?」
ルリアが大声で抗議してくる。
例によってキョーダリアス語だから、周囲には何を言っているか分からないだろう。
日向は観客席の柵を越えると、恐らく三階くらいの高さがあるそこからピョンと飛び降りた。
「マ、マキ!?」
日向パパが驚愕する。
何、この程度の高さは問題ない。
日向のレベルを舐めてはいけないのだ。
彼女は事も無げに、かっこよく着地してみせた。
この光景が配信動画に映し出され、周囲にどよめきが走る。
「な、なんだあの女の子は!」
「登場シーンかっけえ!」
「伏兵来たか!? 半裸のマスクマンの相棒が女の子とか!」
おお、なかなか反応もいいじゃない。
「マキちゃん、これを使うんだ!」
例によって、親父が何かを投げてきた。
日向が受け取ったそれは、顔の半分を覆うバンダナみたいなものだ。
目元に穴が空いている。
「これは……?」
「状況が来たら俺も参戦しようと思って作っておいたんだ。だが腰がヤバいので参戦できない。マキちゃん、これをつけて正体を隠すんだ!」
「は、はい」
日向はバンダナを身につける。
真紅の布地に鷹の意匠が刻まれている。
これで俺とお揃いというわけか。
日向は上着を脱ぎ捨てると、動きやすそうなアンダーシャツ姿になった。
二の腕がむき出しである。
配信動画も好反応。
『カワイー!』
『エッチ!』
とかコメントが流れている。
「おいおい。俺達を相手に、客席から呼んだ女を相棒にする? 正気か?」
俺達に対するのは、ホストっぽいのと明らかにカタギじゃないっぽいやつ。
客席から、彼らに対する説明みたいなのが飛んだ。
「出た! 第一回三位の坂東キッシュと、第二回三位の坂東クロト! 坂東兄弟だーっ!」
「ランキング的には微妙では? 一位をぶつけてこないの?」
俺はレフェリーに問う。
既に、こいつが黒幕だと踏んでのことだ。
「優勝者はこのゲーム最強の戦士。既に、相応しき戦場に送ってあるのさ」
「なんだ、もうキョーダリアスに送り込まれてるのか。動きが早いな! さっさと大会を潰しに来てよかったよ」
「お前、キョーダリアスを知っている!? ということは、カオスディーラーが放逐した異世界の戦士とはお前達か! なぜよりによってこの都市に住んでるんだ!」
レフェリーの人が怒った。
なんと理不尽な怒りか。
だって住んでるんだから仕方ないじゃないか。
「坂東兄弟! 手加減はいらない。観客のことも考えるな! 全力でこいつらを潰せ! そのために、お前達を向こうに送らずに手元に置いておいたんだからな」
「あっはっは、マネージャー素が出てるよ!」
「俺に命令するな」
坂東兄弟が変身する。
ホストっぽいキッシュは四本角の、ネプチューンオオカブト。
カタギではないっぽいクロトは、巨体のゴライアスオオツノハナムグリ。
それぞれバカでかい昆虫を模した姿……もう、これは怪人だな。
「私は七勇者とは戦ってないから、どうなのかは分からないけど」
日向が構えた。
「負けないつもりだから」
『女のくせに粋がるなよ! おら! 弱そうな方を攻撃ぃ!!』
キッシュが翼を広げると、いきなり猛烈な速度で日向に突っ込んできた。
俺、腕組みをして状況を観察。
あの四本の角に突き刺されても、捉えられてもまずい。だが、日向なら行けるだろ。
「ふっ!」
タイミングを合わせ、日向が跳躍している。
一瞬後方に跳んだので、キッシュは勘違いしたらしい。
『逃げられねえよ!』
「逃げてない! 三角蹴り!」
背後の鉄骨を蹴り、勢いを増した日向が飛び蹴りを放つ。
それがキッシュの角と角の境目に炸裂した。
『うおおおっ!!』
重さでは圧倒的にキッシュだろう。
だが、技の鋭さでは日向だ。
ネプチューンオオカブト怪人は軌道を逸らされ、観客席の間近へと突っ込んだ。
悲鳴が上がる。
『小技を。だがその程度の技、効かねえぞ。特に俺には効かねえ』
ゴライアスオオツノハナムグリ怪人となった、クロトが俺に向かって進み出る。
これはつまり、世界一重い昆虫の怪人であり、パワー派であろう。
パワーに優れる敵というと……。
熊川だな。
「どれどれ」
俺は真っ向から、クロトと組み合う。
『馬鹿かてめえは! 人間が、最強のパワーを得た俺に……俺に……俺にぃーっ!?』
クロトの動きが止まった。
いや、俺が止めた。奴がどれだけ押し込んでも、俺が動かないのだ。
「なるほど、レフェリーの判断は正しいな。お前、キョーダリアスに来て俺らと戦うにはちょっと早い」
『なんだとお!!』
「技はないのか、技は。モチーフになった昆虫の力を使って押し込んでくるだけじゃないか」
俺はクロトを突き放す。
背後では、復活したキッシュ相手に日向が大立ち回りしていた。
鉤爪を振り回すキッシュを、空手の受けとコンビネーションを駆使して一歩も引かずに受け止めている。
「はっ! 空気投げ!」
おっ、上手い!
日向がキッシュの突撃をすかして投げた。
『うおおーっ!?』
勢い余って、俺の方に突進してくるキッシュ。
『捻り潰してやる!!』
前方には両腕を振り上げたクロト。
前門のハナムグリ、後門のオオカブト。
俺はクロトと接触する寸前に、キッシュの頭を抱えて前方に投げ捨てる。
「フライングメイヤー!」
『グエッ』
『うおおっ、じゃまだキッシュ!!』
キッシュが邪魔で動きが鈍ったクロトに、足を振り上げ──。
「ビッグブーツ!」
『ぬぐわあっ』
クロトの巨体がノックバックした。
「日向、俺の肩を使え!」
「うん!」
背後から駆け寄る日向。
俺の背中を駆け上がり、肩を踏み台にして跳躍する。
そして、立ち上がりかけのキッシュに向かって技を放った。
「浴びせ蹴り!」
『ウグワッ』
再び地面に叩きつけられるキッシュ。角の一本がへし折られた。
日向から俺に、光の線が伸びる。
おっと、こっちでもやれるのか、コンビネーション!
「だったら行くぜ! ムーンサルトプレス!!」
その場から高らかに跳躍した俺が、キッシュめがけて体を浴びせる!
『浴びせサルトプレス』
浴びせサルト!!
こっちでも技名を読み上げてくれるとは。
ちなみにこの読み上げ、動画の画面に表示された。
コメント欄が、『!?』で満ちる。
爆笑しているのは明良川だな、あれ。
『ウグワーッ!!』
二連撃を浴びたキッシュ、断末魔を上げると、そのまま爆発した。
『キッシュ!! て、てめえーっ!!』
クロトが激高して襲いかかってくる。
「お前ら、全然コンビネーションができてないじゃないか。タッグだろ?」
『お前一人を俺ら二人でぶちのめすから変則タッグだったんだ!』
なるほど、日向の参戦は予想外だったか。
爆煙を突っ切って突進するクロト。
だが、目の前には既に、日向が身構えている。
ヤツの巨体からすると小柄だから、見えてなかったな。
「千手……観音!!」
千手観音ってのは、衆生を救うために無数の掬い取る手を持つ観音菩薩な。
つまり、それだけの数の手に見える、超高速連打だ。
一発一発は軽くても、それが無数に連なれば────!
『ぬおお! お、俺が押し戻されるっ! こんなちび相手にーっ!!』
「はあーっ!!」
クロトは気づいてないが、日向の連打は確実に、ヤツの体を覆う装甲を削り取っていっている。
粉砕された装甲が塵となり、周囲に広がっていく。
『な、なんだこの塵はっ!』
「はっ!」
千手観音最後の一手。
それが、ハナムグリ怪人の重装甲をついに貫いた。
体の内部に正拳を叩き込まれ、クロトが前のめりになる。
『ウグワッ……!』
そこには、既に跳躍した俺がいた。
日向の頭上を超えて、俺の飛び膝が一閃する。
「シャイニングウィザード!」
『千手ウィザード』
強そう!!
『ウグワーッ!!』
クロトは後方に思い切り吹き飛ばされ、コンクリの床でバウンドした。
一際高く跳ね上がったところで、大爆発を起こす。
取り壊しかけのビルを使った会場が、びりびりと爆発音に震える。
そしてそれが止んだあと、周囲は静寂に包まれた。
誰も何も言えず、俺達を見ている。
「さあ、どんどん行こう! 我はと思うデュエリスト、俺にかかってこい! どんだけ強いか確かめてやるぞ!」
俺は周囲に向かって両手を上げて煽る。
だが、今まで余裕の表情で試合を眺めていたデュエリスト達は、誰もが真っ青になっていた。
「じょ、冗談じゃねえ」
「マンティスまさよみたいなの以外に、あんな化け物がいるなんて聞いてねえよ」
「楽して人間を超越した力が得られるって聞いてたのに、なんで無理ゲーなボスキャラが出てくるんだよ!」
彼らはバラバラと、出口に向かって走り始める。
こりゃいかん。
デュエリストが拡散してしまう。
「フタマタ! ルリア! シーマ!」
「わおーん!」
フタマタが応じた。
ルリアを背中に乗せて、出口に向かって跳躍する。
俺が放り投げた槍を、ルリアが空中でキャッチした。
「まっかせて! スウィング!!」
着地ざまにルリアが振り回した槍が、デュエリストたちを次々にスタンさせる。
フタマタが逃げようとするデュエリストをなぎ倒し、炎で威嚇する。
「はっはっは、敵に回すと恐ろしいが、味方にしても恐ろしい奴らじゃな……!」
シーマがやけ気味に笑いながら、空を飛んでデュエリスト達に呪法をかけて回る。
デュエリストはシーマを見上げながら、
「あ、パンチラ……」
「白……」
とか呟きながら無力化されていった。
シーマ、自分の体じゃないからってパンチラもスルーしてるな?
「さあ、残るはあんただけだが」
俺と日向の前で、レフェリーが青くなっている。
「そんな、馬鹿な。この世界は1レベルの人間しかいないはずなのに。ステータスが無い世界なんて、たやすく制圧できるはずだったのに……。よりによってお前達がこっちに来たばかりに……!」
「やるの? やらないの?」
「う、うおおおお!! カオスディーラーバンザイ! 世界に混沌あれ!!」
レフェリーはポケットからボタンを取り出した。
あっ、これはやばいやつでは?
「みんな撤収!! フタマタ、うちの両親と日向パパ連れて外に!」
「わんわん!!」
俺はレフェリーの前で、吠える。
「ワイドカバー!」
次の瞬間、レフェリーがボタンを押し、爆発した。
爆弾が仕掛けられていたようだ。
レフェリーだけではなく、ビルのあちこちにもだ。
解体途中だったビルが、どんどん崩れていく。
降り注ぐ鉄骨、瓦礫。
これらを全部、ワイドカバーで受け止める。
うん、これならいける。
大砲の攻撃をワイドカバーした時よりは楽だわ。
……これってもしかして、カウンターできる?
やってみよう。
「クロスカウンター・ハイアングル・ドロップキック!」
上に向けてドロップキックを放つので、ライジングキックとでも言うのだろうか。
落下してくる瓦礫が、これで爆散する。
ちょうど、俺一人がいる空間がポッカリとあいた。
「奥野ー!! 生きてるのー!?」
母の声がしたので、俺は瓦礫を駆け上がると、両腕を掲げてガッツポーズをしたのだった。
「コロンビア」
父が満足げに呟いた。
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