第131話 幕間・波乱のカオストーナメント

 カオストーナメントは、今回で第三回になる。

 謎の存在、カオスに力を与えられ、次代の世界を担う戦士を選抜するための聖なるトーナメント……という触れ込みのイベントだ。


 第一回は無料で動画配信され、口コミからカオストーナメントブームを巻き起こした。

 第二回からは、観客として現場で観戦ができるチケットが販売され、即売り切れとなった。

 競争倍率は、実に三百倍を超えたという。


 そんな第三回カオストーナメントが開催されようとしている。

 前回は非公式で行なわれていた賭けが、今回は公式主催で行なわれている。


 ユーチューブの画面上に表示されるBETボタンを押すだけで、賭けに参加できるのだ。


 だが、これが、選手だけではなく動画視聴者をもこの戦いに取り込み、彼らの魂や尊厳と言ったものを奪うための儀式であることを……誰も知らない。

 カオストーナメント。

 それは、カオスディーラーなる存在が開いた、世界を混沌に陥れるための始まりの儀式なのだ。


 そんな邪にして神聖なる戦いの場に、妙な男が現れた。

 真っ赤な鷹のマスクを被った、学生と見られる男である。


『おいおい、なんだこいつは? こいつも変身するのか? なんか勘違いした奴が混じってるなあ』


 動画視聴者のコメントが流れる。


『あいつ、ベルトつけてないんだけど』


『まさか、マジで勘違い君が混じってんの?』


 赤いマスクの男は、『マスク・ド・オクタマ』と紹介された。

 スポットライトに照らされた彼は、周囲にアピールしながら上着を脱ぎ捨てる。

 その下には、細身ながら鍛え抜かれた肉体がある。


『でもよ、プロレスラーっぽいキャラなら全然肉が足りねえよ。あんなん、ヒョロガリじゃん』


 誰かが評論家めいて、そう書き込んだ瞬間だった。


「シャアッ!」


 裂帛の気合を込めて叫んだ、マスク・ド・オクタマの肉体が、一瞬で膨れ上がった。

 体格にして二周り。

 体積にして二倍。


 みっしりと筋肉が詰まった、実にプロレスラーらしい体型である。


『は?』


『は?』


『は?』


 コメント欄が、『は?』で埋め尽くされる。

 誰も状況を理解できない。

 少しして、冷静になった者が書き込んだ。


『ああ。いつもやってんじゃん。デュエリスト達の変身と同じだって! あいつ、体がでかくなるだけかよ。しょぼい変身だぜ』


『そっかー。つーか、マジで鍛えられてんなー。あれCGなの?』


 そんなやり取りの中、マスク・ド・オクタマにカオストーナメントの洗礼を浴びせるべく、刺客が放たれる。

 その場で、レフェリーを務める男がマイクに叫ぶ。


『新たに我がトーナメントに参戦した、マスク・ド・オクタマ選手。ですが、我がトーナメントは弱き者を受け入れることは致しません! さあ、マスク・ド・オクタマ選手、トーナメントが放つ最強の刺客を退け、見事参加権を手にできるかーっ!?』


 画面上に、オクタマへと放たれる刺客の名が表示される。

 その名は、アイアンコブラ。

 第一回トーナメントベスト8、第二回トーナメントでベスト4まで勝ち上がった実力派である。


『アイアンコブラ来たー!!』


『オイオイオイ、あいつ死んだわ』


『アイアンコブラさんのベノムバイトが炸裂するかねえ』


『最初の死人が出たな』


 アイアンコブラは、対戦相手の半分を殺傷するという過激なファイトで注目を集めるデュエリストだった。

 全ての攻撃が毒を帯びているという性質ゆえ、敵は生半可では済まないのだ。


 そして賭けが始まる。

 次々にアイアンコブラへのBETボタンが押される。


 オッズは異常なほどの偏りを見せ、一部の物好き以外は誰もがアイアンコブラに賭けた。

 その物好きのうちの一人が……。


「は? こんなん多摩川の圧勝じゃん。あれ熊川よりも全然迫力ねーし」


 ぶつぶつ言いながら、明良川ゆずりはオクタマへとBETしたのである。




「試合はじめェェェッ!」


 レフェリーが叫ぶと、会場にブザーが鳴り響いた。

 スポットライトが一瞬赤く点滅し、次に強い明かりとなって試合場に集中する。


『シャシャシャシャシャ! 本日最初の生贄はお前かァ!!』


「お前、いいキャラだなー! かなり堂に入ったヒールだ!」


 オクタマが嬉しそうに微笑んだ。


『は? ヒール? 癒やし系ってことかよ? バカにするな、シャーッ!!』


 全身が鋼のコブラをイメージした意匠に包まれた、アイアンコブラ。

 オクタマにも負けぬほどの体格を誇る、そこから繰り出されるパンチはそれだけでも凄まじい威力を誇る。


 オクタマの鍛え抜かれた肉体に、パンチが突き刺さった。

 ──ように、見えた。


『シャッ!?』


「レフェリー、パンチは反則では?」


「我が競技において、反則はありません。何をしても勝てばよかろうなのです」


「なるほど、バーリトゥードか」


『シャッ! てめえ、俺を無視するんじゃねえ! お前の体には俺の毒が回ってーッ!! シャシャシャシャシャーッ!!』


 棒立ちのオクタマに浴びせかけられる、コブラの連続パンチ、キック!

 動きこそ素人丸出しだが、その一撃一撃には凄まじい重さがあり、なおかつ、叩き込んだ部位から猛毒を打ち込んでくるのだ。

 まともに喰らえば、以前の対戦相手のように、全身を毒に侵されて死ぬしか無い。


 まともに喰らえばの話である。


『ハアッ、ハアッ、ハアッ、お、お前、どうして倒れないっ!? 俺のコブラ連打をここまで食らっておきながら……!』


「なかなか重さのあるいい打撃だった。お前の見せ場は存分にできたことと思う」


 ゆっくりと、オクタマがファイティングポーズを取る。


「ブロッキングでお前の攻撃は全て受けた。もう俺には通用せんぞ」


『戯言を、シャーッ!!』


 繰り出される、全力のコブラキック!

 だが、これをオクタマは小脇で抱きかかえるように受け止めた。

 そして、抱えた足ごと全身を回転させる!


「ドラゴンスクリュー!!」


『シャアアアアアアアッ!?』


 コブラの巨体が、捻られながら宙を舞う。

 次の瞬間には、彼はコンクリートの床に叩きつけられていた。


『シャッ!?』


 掴まれた足の感覚が無い。

 ドラゴンスクリューの強烈な回転で壊されたのだ。


『ま、まさか、この俺が一撃で!? バカな! 俺はベスト4だぞ! 四番目にカオスに近い男だぞ! それが、こんな訳のわからん奴に!』


 必死に体を起こすコブラ。

 その眼前で、マスク・ド・オクタマが飛翔していた。

 肉体をスポットライトが赤く照らす、その姿は、まさに真紅の鷹。


「シャイニングウィザード!!」


 強烈な膝が、アイアンコブラの意識を根こそぎ刈り取っていった。


 仰向けに倒れ、ぴくりとも動かないアイアンコブラ。

 その前に立つ赤きマスクの男は、高らかに拳を掲げてみせた。


「マ……マスク・ド・オクタマの勝利ーっ!!」


 会場がどよめき、次いで歓声に包まれる。

 そして配信された動画上では、驚愕の叫びが次々に流れ始める。


『そ、そんなーっ! 俺の掛け金がー!!』


『マジかよ、マジかよありえねえ! なんでプロレスに負けてんだよコブラ!』


『つーか、肉の重みが伝わってくる打撃だった……』


『うへへへへ、勝者総取りですごちそうさま。あんた達は餌ね!!』


 煽る発言が書き込まれたので、視聴者達がこぞって煽ったものに悪態をつきはじめる。

 ちなみに煽ったのは、明良川だった。


「ぬっふっふ、なんかお金が超増えたんですけど。賭け試合たのしー!」




 勝負の裏で、レフェリーが冷や汗をかきながら呻いている。


「まずい……。まずいぞ。あれだけのBETで集めた人間達の意思が、根こそぎ霧散してしまった。この男、私が選んだデュエリストでは無いな……!?」


 その目には狂気が宿っている。


「カオスディーラーは、世界が混沌に落ちることをお望みだ……。そのためには、不確定要素は消えてもらわねば……! 混沌はいいが、混乱は誰も望んでいないのだ!! 次なる刺客を……!」


 レフェリーの背後で輝く、幾つもの目。

 今、カオストーナメント全てがマスク・ド・オクタマに牙を剥く……!







「うお────! 奥野ー! 奥野ー! 息子の、息子の試合を見られるなんて……。毎日つらい仕事に耐えて頑張ってきてよかった。本当に良かった……!」


「良かったねえあなた」


「うん、うん。希望を言えば最後はムーンサルトプレスで決めて欲しかったが、相手が弱すぎたなありゃ」


「何気にオクノくんのお父さんそこらへん厳しいねえ」


「わんわん」


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