第126話 俺、地球にやってくる。あるいは、俺、一皮むける

 闇がぐにゃぐにゃ蠢いている。

 これが俺達を地球へ送還する呪法なんだろうということは分かってるんだが、ぶっ壊したらぶっ壊したで困りそうだな。

 どうしようかな。


 よし、ちょっとだけ壊してやれ。


 俺は呪法の一部に向かって、ビッグブーツを放った。

 パコーンっと音を立てて闇が割れる。


「ええーっ、それってそんな簡単に割れるの!?」


「結界を破壊できる俺だから割れるだけかもしれないな。ルリアは危ないから見てるのだ」


「はーい!」


 ルリアが大変いいお返事をする。

 何せ、俺と二人きりなので、この不気味な呪法に包まれて彼女にとっての異世界へ飛ばされようと言うのに、ルリアはご機嫌なのだ。


「どれどれ、呪法の隙間から見てみよう……うわー」


 俺はびっくりした。

 外は、真っ暗闇の中に巨大な光のレールみたいなものがあって、その上を呪法が走っているのだ。


 光はまるで巨大な樹のように見える。

 そしてその上を走る時間は一瞬だった。


 あっという間に、見覚えのある星が見えてくる。

 実際に目にしたことは無いが、ネットや本で見たことがある。


 地球だ。

 呪法に包まれた俺達は、一瞬で大気圏に突入し、何の空気抵抗もなく突破。

 そのまま日本へと落下していった。


 あそこは……俺が通っていた高校では?

 俺達はどうやって、キョーダリアスに召喚されたんだっけ。


 おっと、その前に、まだ認識できる光の枝みたいなのをしっかりと掴んでおかねば。

 俺はそいつをむんずと掴む。

 なんか、すごいエネルギーっぽいのを感じた。


 だが、俺は呪法とか敵意とかそういうものを感じ取るセンスは一切ないので、気にせずに光の枝をポキっと折った。

 懐にしまっておく。


「なあに、それ」


「多分、世界と世界を結ぶ世界樹とかそういうやつ。持っておけば元の世界に戻るきっかけになるかもだろ」


「ふうん。あたしはオクノくんと一緒ならどの世界でもいいけどなあ」


「むむっ、キュンとすることを言うやつだ……!」


 今はルリアと二人きりなので、大変やばい。

 淑女協定というストッパーも無いのだ。


 俺は自制心を強く持つことを誓った。

 そして、俺達を包み闇の呪法みたいなものが霧散する。

 正しくはこれ、混沌の呪法か?


「わしが使っていた召喚術は、そもそもが混沌から必要な要素を抽出し、異世界とキョーダリアスをつなげるものなのじゃ。混沌は全ての要素を含んでいるからな」


 シーマの声がした。

 そっちを見ると、シーマと日向、明良川がいる。


 そしてこの場所は、教室跡だ。

 跡というのは、ここだけ何かに抉られたようになって、むき出しの鉄筋コンクリートになっているからだ。


 ははあ、俺達はここから召喚されたのだな。


「……あれ? 多摩川くんが多摩川くんになってる」


 日向がわけの分からんことを言った。

 何を言っているんだお前は。


「ほんとだ! オクノくんが出会った頃のオクノくんだ!」


 ルリアまで。

 ……待てよ?

 なんか、見える世界がいつもよりも低いような。

 ルリアってこんなに背が高かったっけ? 高いとは言っても俺よりちっちゃいんだけど。


 これはどうやら、俺の体がもともとのサイズまで縮んだようだ。

 身につけている服まで縮んだから、分からなかったようだ。


「それにしてもあっつーい!! なんだこれー!」


 明良川が叫びながら、毛皮を脱ぎ捨てる。

 確かに。

 なんかこっちは蒸し暑い。


 夏なんだろうか。


 女子達がぽいぽいっと毛皮を脱ぎ捨て、上着も脱ぎ捨てた。

 俺も真似をして上着を脱ぐ。

 あっ!!

 あんなについてた筋肉が減ってる!!


 ショック!!


 俺は衝撃に打ちのめされた。

 筋肉、お前達はどこに行ってしまったんだ……!!


「あれ? でも多摩川、思ったより筋肉ついてない?」


「だよね。昔はもっとひょろっとしてた感じだったのに」


「ばかな。ちょっとムキムキの高校生くらいの筋肉など筋肉ではない。俺はあの鍛え抜かれた、鉄板の如き胸板が恋しい……」


 俺は遠い目をした。

 そうして騒いでいたら、外からドタドタと走ってくる音がする。

 なんであろうか。


 やって来た連中に目を凝らすと、それは警察らしき人々なのだった。


「き……消えた生徒が現れた!?」


「本部に連絡を!」


 というわけで、俺達はなんか保護されてしまったのだった。





 事情聴取されたので、俺のこれまでの冒険譚をダイジェストで語った。

 たっぷり二時間半ほど語ったので、警察の人々はぐったりと疲れた顔になっていた。


 ちなみにルリアは外国人では無いかと、別の部屋に連れて行かれそうになったのだが、俺にぴったりくっついて離れない。


「まだ学生くらいの年齢のようだし、言葉も通じないし……彼の言うことを聞くならひとまず一緒にいさせたほうが」


 おおっ、柔軟な現場の判断だな。

 ルリアと離れ離れになるようなら、俺はちょっと暴れねばならんところだった。

 この学生の体でどこまで戦えるかだが。


 試しにちょっと、受けの体勢を取ってみよう。


「ブロッキング!」


 その瞬間、俺の体の筋肉、骨格が元のでかさまで膨れ上がった。

 つまり、キョーダリアスにいた俺になったのだ。


「おおーっ」


「なにっ!?」


 腰を抜かしかける警察の人々。

 俺が気を抜くと、シューッと空気が抜けるような感覚があり、俺は小さくなった。


「戦闘モードになると元に戻れるなこれ」


 つまり、あの肉体にいつでも戻れるということだ。

 ならば何の問題もない。


「い、今のはなんだね」


「さっき俺の冒険譚で説明した通り、異世界のなんかすごい技です」


「このラノベみたいな内容が本当だったのか……!?」


 警察の人達は大混乱になった。

 その後、三日ほど事情聴取したいという話になったのだが、さすがに俺達も学生である。

 親元に連絡が行き、うちの両親が迎えに来た。


「ウワー! 奥野生きてたかー!!」


「よかったー」


 なんか深刻さがない感じで両親が喜ぶ。

 まあ、この人達は常にこうだ。


「奥野、お前、筋肉がついたな? これは……父さん分かるぞ。プロレスラーの筋肉に近い。つまり最高の筋肉ということだ……」


 幼い俺にプロレスの映像を見せたりして英才教育を施してきた父が微笑む。

 この人がある意味、キョーダリアスでの俺のファイトスタイルの元凶だな。

 大学生時代、元プロレス研だったがコーナーポストからのダイブで腰を痛め、引退した男だ。

 腰が無事なら、インディーズのプロレスラーになっていたかもしれない。


「奥野、この子は? あなたにぴったりくっついて離れないけど。もしかして……彼女……!? 彼女なのね……!? ウワーッ! やったーっ!!」


 これがうちの母。

 見ての通りの人だ。


「オクノくん、これってオクノくんのお母さん?」


「そうそう。ルリアが俺の彼女だと思って喜んでる。超喜んでる」


「いい人だねー!! そうです、あたしがオクノくんの奥さんですよー!!」


 いかん、彼女というニュアンスが伝わっていない!


 ルリアと母は、言葉が通じないはずなのに、ジェスチャーで分かり合ってしまった。

 なんというコミュニケーション能力!!


 どうやら俺達は問題なさそうと言うので、一旦ルリアごと、多摩川家へと帰還することになった。

 多摩川家は公団住宅の一角にある。


 他の女子達も、各々の家に引き取られたようである。

 シーマが西府の家にいるのか……。


 その後、我が家でとても久々の日本食を食った。

 うめえー!

 米がうめえー!!


 ルリアも、物も言わずに飯を食う。

 鼻息が荒い。

 すごい勢いだ。


 俺達二人で、電子ジャーをからっぽにした。

 いやあ、食った食った。


「で、奥野。ラノベみたいな世界に行ってたと警察の方々に言ったそうだな。それは本当なのか? ……と普通の父親なら問うだろう。だが、お前が着てきた服。いきなり現れたルリアちゃんは、グググールでも言葉を翻訳できなかったし、さらにはたった一ヶ月でお前がそんな実戦向けの筋肉を身に着け、身のこなしもレスラーのそれになるはずがない。つまり、お前がラノベっぽい世界で冒険していたことは真実だと父さんは見るんだ」


「すげえ、なんて物分りがいいんだお父さん」


「父さん、プロレスとアニメとラノベが好きだからな」


 典型的なオタクである。


「小説投稿サイトにだって投稿してるぞ。お前には教えてなかったが昨日ついにフォロワー数が100を突破してな……」


「お母さんはどっちでもいいな。奥野がルリアちゃんを連れてきただけで大満足! ねえルリアちゃん。おかあさまって言ってみて。おかあさま」


「オカーサマ?」


「キャーッ! 娘ができちゃったみたい!! 私、この娘となら嫁姑関係を円滑に過ごせる自信があるわー!!」


 なんという盛り上がり方をするんだ。

 自分の話ばかりする両親から、どうにか聞き出した情報で最近のこっちがどうなっているかを知る。


 まず、俺のクラスは突然消滅した。

 クラスごとえぐられて、キョーダリアスに持っていかれたのだ。

 それから一ヶ月経過している。


 誰も戻ってきていない。

 戻ってきたのは俺と日向と明良川と西府……の体を借りたシーマだけ。


 捜査本部ができあがっているが、今の所情報は一切なし。

 そりゃそうだ。

 事件は異世界で起こってるんだもの。


「とにかく今日は疲れたでしょ。明日から色々大変だと思うからもう寝たら? 布団は敷いておいたから」


「おー、サンキュー」


 その辺は母の気遣いに感謝しつつ、俺は自分の部屋に向かった。

 ふすまを開けて衝撃を受ける。


 あまり広くない部屋いっぱいに、二つの布団が敷かれている。

 二つだ!


「ふっふっふ、オクノくん! お父さんもお母さんもああ言ってるので……これってあたし達が祝福されているっていうことだよね!」


 後ろで、ルリアがすごいテンションだ。

 やばい、やばいぞ!!


 この世界に淑女協定はない!

 うちの両親は大歓迎モードだ!

 そして俺も、色々ストップをかけておくモチベがない!


 こ、これはーっ!


 背後で衣服を脱ぐ音がした。


「さあオクノくん、最初の頃の続きをしよう!」


「アーレーッ」



 ということで!


 俺は一皮むけてしまったのだった!!



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