第125話 俺、混沌の裁定者と対峙する
いよいよやって来た、凍れる城の最奥だぞ。
さすがに戦い慣れたメンツが十六人くらいいると、非戦闘要員のイーサワがいてもガンガン突き進める。
罠は突き進んで嵌ってから破壊する。
あるいは発動した瞬間にイクサとミッタクが破壊する。
ここに来て、ミッタクが本領を発揮する。
イクサが感じ取った罠の発動を、無理やりパワーで押し留め、近接距離からの斧の一撃で次々に壊していくのだ。
技に特化したイクサと違い、素の一撃の威力に優れるミッタクである。
次々に発動する罠に対処するなら、イクサよりも融通が効く。
「おらぁ! おらぁ! も一つおらぁ! なんだなんだ! 凍れる城の罠ってこんなもんかよ!」
「負けないぞ。おりゃあ! ツアーッ!」
俺もミッタクと並んで、落ちてくる吊り天井を受け止めてはエアプレーンスピンで投げつけて壊し、横合いから襲いかかるギロチンっぽい刃を受け止めてはヘッドロックの要領で締めて割ったりした。
「オクノ、お前ほんとに体の頑丈さに任せた戦い方してるのな。回避とかしないのかよ」
「思えば回避という行為をしないままこの世界の冒険をしてきた気がする」
「お前の呆れた打たれ強さの理由がわかった! そいつは並大抵の攻撃じゃ通用しねえわ」
ミッタクはそう言って笑ったのだった。
そしてそして。
凍れる城の最奥は、扉になっていた。
裏に何もない、扉だけがだだっ広い空間にどーんと置かれているのだ。
「明らかに、あの扉が繋がってるやつでは? つまりここで一旦、混沌の裁定者が顔見せしてくるパターンと見た」
俺の予測を聞いて、日向が呆れる。
「多摩川くんのすごーくゲームっぽい予想、かなり当たるんだよね……。世界がまるでゲームみたい」
「マキ、こいつのはメタ思考って言うのよ。普通にいつもこんなこと言ってる奴いたらドン引きだから」
明良川は口が悪いな!
「ふむ、間違いあるまいな。わしも、ここからカオスディーラーの気配を感じるのじゃ。あやつはその名の通り、混沌の呪力を纏っておる。この世界で混沌を纏うのは、カオスディーラーかその眷属だけじゃ」
扉の前には、氷の彫像みたいなのが立っている。
そいつは俺達を睨むと、動き出した。
『
「おいシーマ。扉の守りがいるじゃない。あいつがいれば大丈夫なんじゃないの? 帰っていいのでは?」
「カオスディーラーの動きが活発になった以上、古代文明が置いたガーディアンの力では足りなくなるのじゃ。わしらが手ずから扉を砕いたほうがいい。それであやつはこの世界に手出しをしづらくなるのじゃ!」
「なるほど。ではあのガーディアンとやらを排除しよう。全員、攻撃ー!!」
ということで。
『エイ影トマ闇のガン』
おっ、女子陣五人から意味のわからない名前の連携が飛んだ!
『わんわんピガークロス跳油地獄』
跳油地獄、めっちゃ熱そうだな。
『ヘルフォース吹雪の太刀観音』
厨二病感あふれる観音様だ。
そして最後に俺。
連続攻撃でぼろぼろになったガーディアンに、飛びかかる。
ピコーン!
『ヘッドシザースホイップ』
俺は跳躍とともにガーディアンの頭部を両足で挟み、捻りながら回転、地面へと投げ捨てる。
ガーディアンの巨体が、地面に叩きつけられた。
そして粉々に砕け散る。
「よーしよし。閃いたってことはなかなかの強敵だったみたいだが、連携連発の敵ではなかったな……!」
我が団も強くなったもんだ。
もしかしてオクタマ戦団、世界最強では?
『そうかもしれない。だがそうでないかもしれない』
突然、そんな声が聞こえた。
俺は素早く立ち上がり、ファイティングポーズを取る。
声がしたのは……扉からだ。
ほらな!
やっぱ出てきた!
扉はいつの間にか半開きになっており、俺達の前に一人の男が姿を表していた。
一見して真っ黒なシルエットにしか見えないのに、全身の凹凸が分かる。
そいつはなんと、俺の世界にあるスーツみたいなのを着ていた。
で、真っ黒で何も見えないはずなのに、なんか皮肉げに笑っているのだけが察せられた。
『強さを追い求めて高みに至ることは一つの理想かもしれない。だが、高さとは一体なんだろう。僕は時折こうして考える。だがいつも答えは出ないのだ。霧の中を彷徨うようなこの思考をはっきりさせるため、カフェインが欲しい』
「何を意味のわからない事言ってるんだお前……あっ!! そうか、お前が混沌の裁定者か!!」
『君が僕をそう表現するならば、あるいは僕はそのようにカテゴライズされた存在の群れの中の一つでしか無いのかもしれない。やれやれ』
「オクノ! そやつとは会話が通じぬのじゃ! やってしまえ!」
「よし!」
俺が動く前に、イクサが動いた。
「裂空斬!」
空を切り裂く真空の刃が、混沌の裁定者に迫る。
だがそれは、くるりと向きを変えるとイクサに襲いかかった。
「なにっ!? くっ!」
烈空斬を再び放ち、相殺するイクサ。
「ならばこうだ! 飛翔斬! そして、月影の太刀!」
牽制の飛ぶ斬撃から、超高速で駆け寄りながらの絶対命中の攻撃……!
だが、それすらも反射され、イクサは自らの攻撃を受けて吹っ飛んだ。
「ぐうっ……!? バカな……」
イクサが通じないぞこいつ!?
「次はうちだ! おらあ! 撃魔斬!」
ミッタクが襲いかかる。
なんと、撃魔斬は混沌の裁定者の反射の効果を受けなかった。
闇が一瞬、技が放つ光によって振り払われ、その下にあるものが見える。
それは人間の姿でもなんでもなく、ぐにゃぐにゃと蠢く無数の色彩だった。
これを直視したミッタクが、棒立ちになって動けなくなる。
「次は俺だ!」
「ヒーロー、ちょっとストップ。戦力の逐次投入はいかんぞ。うちの強い奴ら、本当に強いんだけど、俺が俺がでスタンドプレーするもんなー」
俺は腕をぐりんぐりん振り回して、混沌の裁定者に近寄っていった。
『世界の色は何色だろうか。コーヒーの黒にミルクを加えたマリアージュが、やがてブラウンへと落ち着いていくように、いかな波紋を生み出してもそれは世界と溶け合って新たな色になる。ならば、全てが一つの色になればその色は』
「闘魂の赤に決まってるだろ! シャアッ闘魂注入!」
俺は混沌の裁定者の頬を張った。
いい音がする。
『あいたっ!? えっ!?』
混沌の裁定者が一瞬、素になったぞ。
「えっ!?」
シーマとラムハも仰天して叫んでいる。
「な、な、なんで普通のビンタが通じるんじゃ……!?」
「これは闘魂注入。混沌の裁定者がやった、女神ハームラの狂乱を解いた闘魂注入ビンタだぞ。つまりこいつは混沌の裁定者に効くに決まってるだろう! シャアオラッ!」
闘魂注入!
『グワーッ』
「元気ですかーっ!」
闘魂注入!
『グワーッ!!』
混沌の裁定者が後退した。
「なんてことだ……! ビンタだけで、世界を滅ぼしかけたあの邪神を押しておるのじゃ! まるでメイオー様の戦いぶりを見るようじゃ……!」
「メイオーは具体的にどうやってこいつを倒したの?」
「異次元デスマッチというやつでな。先に相手を異次元に押し込んだほうが勝ちというよく分からん勝負で、カオスディーラーを異次元に押し込んで封印したんじゃ」
その勝負方法、プロレスでは?
『ぬおおおおっ、僕が、僕が正気に戻る……!! 君は……危険だ! 君のルーツを探る……君の……そうか。君は異世界から来た者……! この世界にはいないはずの者……!』
混沌の裁定者の目が、闇の中から輝く。
黒よりもなお黒い、暗闇の輝きだ。
『僕が正気に戻されるとは……。再び混沌の淵に沈む前に、危険な君を世界から放逐する……! 還れ、異世界人よ……!!』
闇の輝きが、俺を覆う。
「きゃっ、なにこれ!?」
「ひえーっ」
「えっ、なんでわしまでーっ」
日向と明良川とシーマの声もするぞ。
「オクノ!!」
仲間達が俺を呼ぶ声がした。
いかん。
これはあれだな。
元の世界に戻されちゃう奴だ。
そいつはまずい。
元の世界からこっちに戻るのに、プロレス技では戻れないのでは?
「オクノくーん!」
その時だ。
俺を包む闇の膜に、槍が突き込まれてきた。
『バカな!? 混沌の呪法は常に蠢き、あらゆる弱点をあらわにしない完璧な呪法! そこに物理的に介入するなど、天文学的な確率でしかありえない……』
混沌の裁定者の声を聞きながら、俺は闇の膜の中へとばりばり入ってくるルリアを迎え入れた。
がしっとキャッチする。
下手に離れ離れになってはまずいからな。
『だが、これでさよならだ、異世界人。僕も仮初の肉体の呪力を使い切ったが、やがて世界が僕を迎える時が来ることだろう。その時僕は、夜明けのコーヒーを飲みつつ世界の色とは何なのかを考えるだろう……』
本当に意味のわからない奴だな、混沌の裁定者。
だが、ジョーカーは手に入れた。
運の良さ天元突破の元村娘。
ルリアと、そして俺達を召喚した呪法師シーマ。
二人の力で、どうにかなるのでは?
そう俺は考えるのだ。
そして……俺達はキョーダリアスから元の世界、地球へと舞い戻る。
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