第53話 幕間・七勇者、歴史の表舞台に現れる

「キャプテン、これはもう駄目かも分かりませんね」


「お前はいつも冷静だなあ副長! おいてめえら、海に飛び込め! 俺たちの女神はもうおしまいだ! なんとかこらえてくれているうちに、逃げろ逃げろ!!」


 ここはアドバード海の只中。

 古代遺跡が眠る無数の群島を有する海であり、それを狙って跋扈する海賊たちが巣食う海でもある。


 そんな中で、一隻の船が今、沈まんとしていた。


「キャプテン! キャプテンはどうするんですか!」


 ボートに乗り込んだ船員が、その男に振り返る。

 その男は、筋骨隆々の偉丈夫だった。

 ボサボサの黒髪を青い布で覆い、束ねている。

 目つきは海の猛獣、オルカを思わせる。

 故に、誰もが彼を、キャプテン・オルカと呼んでいた。


「俺は女神様と最後まで一緒にいてやるさ」


「そんな、キャプテン! ここで死ぬつもりですか!」


運命レイディ・の女神フォーチュンが微笑んでくれりゃ、生き残るだろうよ。そう、俺たちの女神ふねと同じ名前の、モノホンの女神様がな」


「キャプテン!」


「早く逃げるのです。副長の私がキャプテンをお守りします」


 オルカの横に立つ男は、大柄なオルカにも負けぬほどの大男だった。

 しかも、その肌は緑の鱗に覆われ、長く太い尻尾がある。

 トカゲを思わせる、表情の読めぬ顔から冷静な言葉が紡がれる。


「我が三叉矛に賭けて、キャプテンを死なせはしません」


「おう。頼りにしてるぜ副長!」


 運命の女神号。

 キャプテン・オルカの船にして、アドバード海を渡り歩き、海賊王国に与しないまま自由を謳歌していた海賊船だ。

 それが今、炎に包まれ、終わりを迎えようとしている。

 敵は、海賊王国の船。

 それに乗り込んだ、見慣れぬ姿の若者たちだ。


「これにて、海賊キャプテン・オルカも一巻の終わりというわけだ。僕らの正義がまた一つ成されたようだね」


 先頭の青年が、朗々と歌い上げるように言う。


「何が正義だ、化け物どもめ!」


 オルカは吐き捨てるように吠えた。


「海賊王国に尻尾を振るてめえらが、正義であるはずがないだろうが!」


「正義さ。正義は、人の数だけあるんだ。だから、僕が正義と思うものもまた正義。そして正義と正義はぶつかり合い、敗れた正義は悪と呼ばれるようになる。つまり……君は今、悪になったんだ、オルカ」


「下らねえ詭弁だ」


 オルカは身構える。

 彼の武器は、銃とサーベル。

 古代遺跡から時折発掘される銃は、極めて扱いが難しいものの、使いこなせば強力な武器となる。

 銃の使い手であったオルカは、アドバード海でも指折りの実力者だった。


 だが、そんな彼でも及ばぬ者が敵にいる。

 少なくとも、彼と副長のリザードマン、グルムルの二人では太刀打ちできない。


「やれやれ、彼らはまだやるつもりのようだ。身の程というものを教えてやりたまえ、海浜うなはまくん」


「おいおい五花。俺はもう、海浜じゃねえぜ。自らの意思であんたについていく事を選んだ七人の一人、七勇者だ。そう、俺は七勇者カイヒーン!!」


 槍を持った青年だった。

 帝国との戦場で、オクノによって投げ捨てられ、地面に突き刺さった男だ。

 常人であれば死ぬようなダメージを負いながら、彼はこうして何事もなく生きている。

 その理由は明らかだった。


 海浜……いや、カイヒーンのシルエットが膨れ上がる。

 現れる姿は、まるで鬼のような角を生やし、数倍に筋肉で膨れ上がった上半身に巨大なザリガニを思わせる下半身が接続されている。

 この異形こそ、七勇者カイヒーンの真実の姿。


『さあ、おしまいだキャプテン・オルカ。本当の正義の力ってのを、俺がたっぷり教えてやるよ!』


 七勇者が、歴史のその名を刻んだ最初の瞬間であった。


 しかし、相手はあの、海賊王国と一隻で渡り合った男、キャプテン・オルカ。


「うるせえぞ化け物! 正義正義とがなりたてるんじゃねえ! 正義を題目にする連中に、ろくな奴はいねえんだ! ならばてめえら、この悪の海賊キャプテン・オルカがぶっ倒してやろうじゃねえか!!」







「ほえー、なんだこれ」


 砂漠の旅三日目。

 もうすぐ砂漠を抜けるという頃合いで、俺達が出会ったのは砂のアーチだった。

 ただ、砂でできているだけじゃない。

 一言で言うなら、空飛ぶ流砂だ。

 砂の流れが砂漠の道の上を、アーチ状に飛び越えていっている。


「不思議でしょう。これ、大地の女神イシーマの神殿へと続く道を示していると言われているんです。ですが、そこにたどり着いて戻ってきた者はいないとも言われています」


 実に嬉しそうに、イーサワが解説した。


「ほうほう……。めっちゃくちゃファンタジーな光景だなあ」


「ええ、この美しい光景は、都市国家のゲートとも呼ばれていますね。これが見えたならば砂漠の終わりはもうすぐです!」


「なるほどー。砂漠も暑かったり寒かったりしたけど、全体的に風景とかキレイだし楽しかったな! モンスターも寄ってこなかったし」


「そりゃあ、あれだけ砂蟲を倒したんだもの。道の近くを縄張りにしているモンスターは減ったんじゃないかしら」


 なるほど、ラムハの言うとおりかもしれない。

 しばらくの間、砂漠と商人の町を結ぶ道は安全になることだろう。

 俺たちが宝石探しのついでにやったことだけど、みんながそれで喜ぶのならば結果オーライなのだ。


「よーし、じゃあこのゲートをくぐって、都市国家群に行くぞ! なんかいいことが待ってそうな気がするんだよなー」


 俺はちょっとウキウキだ。

 その気分を嗅ぎ取ったのか、フタマタが真横をついてきて、俺の顔をちょこちょこ見上げながら歩調を合わせてくる。

 可愛い奴め。


「オクノくんはああ言ってるけど、イクサくんとしてはどう思う?」


「オクノが行く先には大体必ず厄介事や戦乱が待ち受けているからな。俺もこの腕を試す機会が多くて大変助かる」


 こら、後ろー!

 なんか物騒なジンクスの話をしてるんじゃない。

 俺は平和主義者なのだぞ。


「あー、私、多摩川くんについてきて良かったのかな……? 思ったよりも危険がいっぱいな感じなんだけど……!!」


 日向の悩みに関しては、もう遅い。

 パーティメンバーにしっかりと組み込んでしまったからな。

 ビシバシと鍛えてレベルアップさせてやるぞ!


 そもそも五花と俺とだと、こっちの方がずっとましな気がするのだ。

 うちは三食ついてるし、悔しいけどイクサの言う通りいつも厄介事に首を突っ込んでは力づくで解決していくから、退屈はしないのだ。

 きっと楽しいぞ!


「多摩川くん、なんでニコニコしながらこっち見てるの……。不穏な空気を感じて怖い……」


「なんて人聞きの悪い」


 さあ、そんな話をしている間に、岩石砂漠が途切れてきた。

 緑が明らかに多くなってきたぞ。


 いよいよ砂漠は終わり、都市国家群に到着だ。

 きっと少し行けば、海も見えてくるに違いない!

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