第54話 俺、都市国家にやってくる

 砂漠を抜けると、空気の感じが変わった。

 なんていうか、サバンナ?

 乾いてはいるんだけど、カラッカラじゃなくて、あちこちに水場があるような。

 

「雨季のサバンナみたいな感じかな?」


「えーと、これは地中海性気候じゃないかなあ」


「日向が詳しい……」


「昔、ヨーロッパに旅行したことあるから」


「なん……だと……」


 こいつ、お金持ちかッ。

 俺の家なんて東京から出たこと数えるくらいしか無いぞ。


「わんわん!」


 衝撃を受けている俺の袖を、フタマタが引っ張った。

 片方の首で袖をくわえつつ、もう片方の首でわんわん言うとは器用だな。

 さすがはオルトロス。


「どうしたどうした」


「フタマタ、早く町に行きたいんだってー」


「ルリア、いつの間にフタマタの言葉が分かるように……?」


「なんとなく?」


 そうか、フタマタのほうがルリアより賢さが高いもんな。

 意思を伝える手段くらいいくらでもあるわけか。


「そうかー。凄いぞフタマター」


「はふはふ!」


 フタマタが頭を擦り付けてくるので、抱きしめてぐりぐりしてやる。


「オクノくん、明らかに私たちにやるよりもスキンシップが激しいんだけど……」


「ラムハさん、これは不純異性交遊に関係するのでは」


「アミラ、カリナ。気持ちは分かるけれど、これはセーフよ。フタマタには性別がないもの」


 そう、合法!

 これは実際合法なのだ!

 犬を愛でているだけ!


「うわー! うらやましいー!! あたしもギュッとハグするくらいしてよー!」


 ルリアがじたばたして騒いでいるが、そんなことをしたらラムハが怖いじゃないか。

 さんざんフタマタを撫で回したあと、女子たちの恨みがましい視線を背に、俺は都市国家へと向かうのだった。






 都市国家群は、どれもが海に面した街の姿をしていた。

 城壁に囲まれていて、海から運河でつながっている。

 とりあえず、砂漠の出口から一番近かった街にやって来た。


「ここは都市国家群の入り口と呼ばれる、交易の街ベネスティです。都市国家の基本的な姿が見られますよ」


 イーサワに案内されつつ、門をくぐる。

 彼が持っている商人株のお蔭で、するりと通れた。

 オクタマ戦団だよ、と名乗ったら変な顔をされたが。


「ラムハ、オクタマ戦団って変?」


 ちょっと心配になったので、現在オクタマ戦団の副長を務めるラムハに聞いてみた。


「変ね」


「ズバッと来たな!!」


「嘘ついても仕方ないでしょう? 少なくとも、キョーダリアスに今まであったネーミングじゃないわ。だけど、オクノの名前から取ったんでしょう? それなら他にない響きでもおかしくないし、それは覚えてもらいやすいということではないかしら」


「なるほど」


「もっと自信を持ちなさいな」


 優しい。

 ラムハには後でご飯をおごってやろう。

 まあ、俺たちの財布はひとつなんだけど。


 都市国家ベネスティは、街の中を縦横に運河が走る、水の都だった。

 ヴェネチアっぽい。

 大きい運河には、海から直接乗り付ける船が来ていて、小さい運河を小舟が走り回っている。


「賑やかでしょう? 陸路で届いた荷物は、小舟と大船を使って各都市国家に届けられるんです。これでも、十年前と比べて随分寂しくなったんですよ」


「海賊王国のせいかー」


「そうです」


 イーサワが頷いた。


「あちらでお茶ができます。一服しましょう」


 ということで、ベネスティ名物の豆茶をいただきながらイーサワの話を聞くことになった。

 この豆茶、ちょっとコーヒーっぽい。

 ハチミツとミルクをたっぷり入れて飲むのだ。


「あまーい!」


「これ美味しいわねえ」


「わたしの舌は大人の舌なのですが、それでもこのお茶は大好きです。お代わりいいですか?」


「甘いものが嬉しいよう」


 ルリア、アミラ、カリナ、日向がそれぞれに反応している。

 イクサはさっきから空気である。

 戦闘の気配がないと、基本的にこの男はぼーっとしている。


 ちなみにこのお店はよくできていて、フタマタも飲めるペット用の水とエサを出してくれた。

 ガツガツ食べるフタマタ。


「やっぱり、帝国と王国との交易は大きいんですよ。国家としての規模が違います」


 イーサワが話し始めた。

 やっぱりなあ。


 海賊王国が十年前に、二つの国との航路を塞いでしまった。

 だから、都市国家は困っているのだ。

 陸路で砂漠を渡って荷物を運搬できるって言っても、限度があるもんな。


「海のほうが、より多くの荷物を迅速に運べるんですよ。だからこそ、海賊王国はどうにかしなくてはいけないんです。ただ、奴らは強い。とても強いんです。群島を根城にしていて、そこに眠っている古代遺跡の力を使ってきます。都市国家群も何度か討伐隊を出しましたが、全て返り討ちに遭っています」


 大変強いのか。

 それよりも、心躍る響きがあったぞ。


「古代遺跡?」


「古代遺跡です。キョーダリアスに今の我々が社会を築く前に、別の人類が栄えていたと言われています」


「そこは私が説明するわね」


「あっ! あなたは、記憶喪失なのにとても世の中の事情に詳しいラムハさん!!」


「色々旅をしているから詳しいのよ」


 ラムハが平然として言った。


「世界にはね、四大遺跡と呼ばれるものがあるの。まずはアドバード海の遺跡群島。全ての群島は地下でつながっていて、そこにはかつて存在した巨大な地下帝国の跡が眠っているそうよ。そして北方の凍れる城。魔力も帯びず、自ら動くゴーレムに満ち溢れているとか。天空の大盆。世界の遥か高みをさまよい続けている、丸くて平たいお盆ね。最後は、イシーマ大神殿。さっき通ってきたイシーマ砂漠のどこかにあると言われる、幻の神殿とそれを取り巻く都よ」


「この世界、色々あるなあ」


「それはそうよ。色々な歴史があるのだもの」


 ラムハさん、大変詳しい。

 ということで、俺たちがこれから立ち向かうのは、四大遺跡の一つである遺跡群島、そこに巣食う海賊王国なのだ。

 で、それが終わったら念願の宝探し!


「それじゃあ、まずはあれだな、船だな」


 俺が提案すると、みんなが頷いた。

 イーサワ以外。


「お金はどうするんです?」


「むっ」


「むっ、じゃないですよオクノさん。船を手に入れるにせよ借りるにせよ、お金が必要なんです。結構な金額ですよ。これをどうするんですか?」


「嫌なことを言うね」


「金銭面の現実を突きつけるのが僕の仕事だと思ってるので」


 正しい。

 我が戦団の財政担当イーサワ。

 早速いい仕事をしてくれた。


「えーと、それじゃあ稼ごう。報酬が高い仕事を探さなくちゃな」


「そうですね。ではまず、僕が商人の町で仕入れてきたものを売って、元手となるお金を作ります。これを使って動きましょう」


「おっけー。えーと、それじゃあ俺とラムハで営業?」


「そうなるわね。誰かついて来たい人いる?」


 スッといつもの女子三人が手を挙げた。

 日向がそれを見て、慌てて自分も挙手する。

 空気を読む日本人の鑑だ。


「オクノよ」


「どうしたイクサ」


「今、何が起こっているんだ?」


 おっ、何も状況を理解してなかったなこいつ!


「よーし、イクサもついてこい。一人でぼーっとしてるよりは有意義だろう」


「そうか。そうしよう」


 イクサも大人しくついてくることになった。

 もちろん、フタマタも一緒だ。

 いつのもメンバーになってしまったな。


「情報を集めるなら、まずは港かな?」


「酒場じゃない?」


「揉め事が起きてそうなところがいいですよね」


 わいわいと騒ぎながら、俺たちはベネスティの街を練り歩くのだった。

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