第51話 俺、団の名前を決める

 イーサワの宝石を取り戻した俺たち。

 ついでに、他の商人が奪われていたらしい宝石まで出てきた。

 この砂蟲、たびたび商人たちを襲ってたんだな。


「宝石を飲み込んで、食べ物をすりつぶすために使っていたのかもしれませんね。ほら、宝石がちょっとすり減ってます」


 イーサワが摩耗した宝石を取り出すと、ルリアとアミラが「ひええ、もったいなーい」と嘆いた。

 ラムハ、カリナ、日向は宝石に興味なし、と。


 結局、宝石はそれなりの値段でさばけた。

 イーサワから宝石を買った商人は、これを職人の元で加工して帝国と王国で売りさばくんだとか。


「僕の仕事はここまでですね。僕は都市国家とこの町を往復して稼いでいるので。ですが、今回の事故で護衛を失ってしまって、ちょっと戻るのが大変なんですよね。オクノさん、お願いしていいですか?」


「もちろん」


 俺はすぐに引き受けた。

 そして、俺からもイーサワに頼みたいことがあるのだ。


「でな、イーサワが今フリーなら、うちに来ない?」


「はい? うちと言いますと」


「俺たちは実はできたての傭兵団みたいなもので、これから規模を拡大してくんだけどさ。腕っぷしがつよい奴ばっかりで、金回りをどうにかできるのがいないわけだ。遊牧民からもうっかり報酬もらい忘れるし」


「はあはあ、なるほど」


 イーサワが頷く。


「確かに、どれだけ腕が立ってもお金の方面で弱ければどうしようもないですね。みんなが食べて行けて初めて、傭兵団は機能します。なるほどねえ……」


 彼は少し考えこんだ。


「ええと、一つ確認させて下さい」


「なんだい」


「傭兵団を作って、あなたは一体何をしようとしているんです? あれほどの力を持った傭兵団は、僕が知る限りこの大陸には存在しません。あなたたちだけで、一個騎士団クラスの力があるでしょう。ただの傭兵団がそれほどの強い力をもつことはありえないんですよ。何を狙っているんですか?」


「邪神を倒す」


 聞かれたので答えた。

 イーサワが固まる。

 しばらく動かなくなった。


 ルリアが寄って来て、つんつんと突いている。

 フタマタもやって来て、イーサワの足のあたりをくんくんと嗅いだ。「きゃうーん」あ、臭かったか。


「ほ……本気ですか?」


「あっ、動いた。もちろん本気だぞ。俺は本気じゃなかったことは今まで一度もない」


 仲間たちはみんな、うんうんと頷いた。


「なるほど……。確かに、伝説に謳われている邪神メイオーを倒そうというならば、この傭兵団の強さも頷けるでしょう。それどころか、まだまだ戦力を拡充しなくてはいけない。そこに必ず金の問題は生まれてきますね」


 イーサワの目がきらりと光った。


「いいでしょう! 僕も商人と生まれたからには、歴史に名を刻む大商人を夢見なかったと言えば嘘になります。この大きな商売のチャンス、逃すわけには行きませんね」


「よっしゃー!」


 俺は彼とがっちりと握手を交わした。

 うちの団のマネジメント担当の人が加入したぞ!

 俺、普通科の高校生なので数字関係はあまりわからないのだ。


「それで、団の名前は何ていうんですか」


「名前……」


 まだ決めてなかった。

 うーん……。


「多摩川くん、まだ決めてなかったの?」


「オクノ、割とそういうところは無計画よね」


 日向とラムハに言われて、ハッとする俺。


「じゃあ、オクタマ戦団で」


 仮にそれっぽい名前にしといて、後でかっこいいのが思いついたら変えればいいしな。


「ウエー」


 あ、日向がいやな顔をした。

 これは不評だろうか!

 不評でも押し通すがな。


「いいんじゃない? 私はその響き好きよ?」


 ラムハさん!!


「あっ、分かっちゃった! オクノくんと、マキが呼ぶタマガワってのを組み合わせたんでしょ? へえー、なるほどぉー」


 ルリア、察してくれたか!


「お姉さんもいいと思うわよー。オクノくんの名前がついてるなんて素敵じゃない」


「わたしも異存はないです。悪くないと思います」


「わんわん」


「任せる……!!」


 よし、日向以外は了承をもらったぞ。

 じーっと日向を見る。


「はっ……! わ、私も悪くないと思うよ。う、うん、いいんじゃないかな」


 ククク、空気を読んでしまう現代っ子め。

 周囲全員が賛成なのに自分だけ反対とは言えないだろう。


「了解しました。オクタマ戦団ですね。語呂もいいじゃないですか。では我々はこれから、オクタマ戦団と名乗ることになります。僕は主務担当者と。そのうち、戦力拡充と並行して裏方作業員も増やしていきたいですね……!」


 イーサワがやる気を見せている……!

 頼れる事務方なのだ。


「よーし、じゃあ明日は砂漠を横断! 都市国家群に向かうぞ!」


「おー!」


 ということで、一休み。

 商人の町を見物する前に仕事を引き受けてしまったので、ゆっくり羽根を伸ばすことにする。


 とは言っても、砂蟲退治に時間がかかりすぎたので今はもう夕方。

 あちこちの酒場が本格的に営業を開始する時間だ。

 団名が決まった記念とイーサワの加入に、祝杯をあげようということになった。


 ちなみに、酒場なので当然酒が出る。 

 俺と日向は、日本では未成年だったがこっちの世界では成人である。

 十五歳で成人扱いだそうなので。


「これが……エール」


 日向がこわごわと、陶器のジョッキになみなみと注がれた液体を見つめる。

 安い酒で、ろ過があまりされてないらしい。

 カスみたいなのが浮いてる。


「これはね、ストローで飲むんだよー」


 ルリアが藁に似た植物で作ったストローを差し込み、飲んでみせた。


「へえ……ストローでビールを……?」


 ビールじゃないぞ、エールだ。

 なんとなく雰囲気は近いが、においも違うし泡だって少ない。


 俺もこっちの世界に来てから、まだ酒に口をつけてはいなかった。

 なんとなく、いけないことのような気がしたのだ。

 だけど十五歳となればこっちじゃ成人だもんな!

 合法だなー!


「どーれ」


 ちびっと飲んでみた。

 うわーっ!!

 苦酸っぱい!!

 なんじゃこりゃー!!


「あ、オクノくんが悶えてる」


「エールは安く酔いたい人のためのお酒だものねえ。お姉さんはワインが好きだなあ。あ、ワインも上にかすが浮いてるからストローで飲むのよ」


 ろ過くらいしてくれ、酒場よ……!

 異世界キョーダリアスでは、安酒はストローで飲むものらしい。

 安いものをガンガン出す上で、ろ過は手間だというのと、ストローだと酔いが早いので安くて済むからだとか。

 なるほどお。


「俺は高くても水でいいや」


「わ、私も」


 日本から来た俺と日向は水を飲むことにした。

 オアシスの水を蒸留したものなので、手間がかかってるぶん高い。


「ぜいたくだねえー」


 ちょっと頬を赤らめたルリアが、ニヤニヤする。


「本当なら、砂漠では酒は禁止なんですよ。体の水分を奪いますからね」


 イーサワが説明してくれる。


「だから、僕たち商人はここで酒を補充して、砂漠の旅での禁欲生活に備えるんです。砂漠にはきれいな水を持っていくことも難しい。だから、これを使います」


 見せてくれたのは乾燥した枝だ。


「これなに?」


「サバクミントです。どんな乾いた土地でも砂の中に根を張り、生息します。一年に何度か、砂漠に激しい雨が降ると一斉に葉を広げて花を咲かせ、その間だけ砂漠は緑と白い花に包まれるんですよ。ちなみに現地の生き物にとっては猛毒なので、あまり食べるものはいませんね。不思議と、僕たち人間は大丈夫なんで、こうして水を消毒するために使うわけです」


 イーサワが飲んでいるのは、ミントを浮かせた水だったのか。

 それなら安いらしい。

 その代わり、サバクミントは強烈な苦味があるんだとか。


「これから向かう都市国家では、リザードマンやマーメイドと言った亜人たちが生活しています。彼らにとってもサバクミントは毒ですので、飲ませてはだめですよ」


 貴重な教訓を得たのだった。

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