第3話 俺、いらんことをする

 女の子たちをたくさん連れての旅は賑やかである。

 ついさっきまで、草むらの中で泥とかにまみれ、クラスの連中が追ってくるのを警戒していた地獄のような状況とは大違いだ。

 世の中、苦あれば楽ありなのだ!


「ねえねえ俺さん!」


「はい、俺ですよ」


 馬車の横を歩いている女の子に声を掛けられたので、ニコニコしながら振り返った。

 茶色い髪をみつあみにした、活発な感じの女の子だ。


「あたしね、ルリア。あのねー。俺さんはどこから来たの?」


「日本だよ! 日本の東京の青梅だよ!」


「ニッポン? トキョ? オーメ?」


 ルリアが首を傾げた。

 おっと、情報量が多すぎたかな。


「日本というのが俺がいた国で、東京というのがその中にある大都市で、青梅というのが俺が住んでた山梨に限りなく近い土地ね。あ、学校はまた別で」


「ふうん、知らない国から来たんだねえ」


「そう、君たちの知らない国から来たんだ。そして俺もこの世界のことは何も知らない……」


「そうなの? じゃあ教えてあげよっか!」


 上目遣いでルリアが言う。

 かわいい。


「ぜひ」


「じゃあ、二人っきりで向こうに……」


「はい」


「待って」


 俺の腕を、ラムハががっちり掴んだ。


「なんだねラムハくん! 俺には大切な用事が……」


「この馬車で戦えるのはオクノだけでしょう。あなたが裏で女の子といちゃいちゃしてたら、あいつら人さらいが戻ってきたらひとたまりもない」


「えっ、そうかな? そんなことないんじゃないかなー」


 俺としては、ルリアちゃんとのいちゃいちゃを妄想して、早くいたして男として一皮剥けたい欲求でいっぱいだ。

 だが、現実は常に非情である。


「あっ、そっか……。そうだよね、俺さん、強いもんね! 私たちを守ってくれるんだね!」


「えっ、あっ、はい」


 濁りのないキラキラした瞳で言われては、頷かざるをえまい。


「お、俺に任せておくんだ。ひとさらいめえ、やってこい、俺がやっつけるぞお」


 心で血の涙を流しながら、棒読みで覚悟の程を語る。


「じゃあね、俺さん! またお話しようね!」


 ルリアが去っていった。


 畜生!

 畜生人さらいめ!!

 許さん!!

 絶対に、絶対に許さんからなあ!!


 俺は脳内で、人さらいどもをローリングジャーマンでいたぶる想像に励んだ。


 ルリアが去った後、ラムハがちょっと近寄ってきた。


「イライラしないで。説明は私がしてあげるから」


「アッ、ハイ」


 俺は素直になる。

 肩と肩が普通に触れ合う距離で、しかも彼女は人さらいが着せた薄手のワンピース一枚だ。

 彼女の体温が分かる……いや、俺の制服が邪魔で体温なんか分からん!

 邪魔! 制服邪魔!!


「この世界はね、キョーダリアス。創造神キョードウが作った世界だからそう呼ばれているわ。そしてここは、ユート王国」


「ふむふむ、ユート王国ね。それで、王国のボスが皇帝なのか」


「そんなわけないでしょ。王国で一番偉いのは国王よ」


「あれ? じゃあ俺を召喚した連中、他人の国に入り込んで異世界から召喚する儀式を行ってたのか。皇帝陛下にどう報告するのだーって言ってたもんな」


「……!? どういうこと?」


 ラムハの鋭い視線がこちらに向けられる。

 密着しそうな距離にいるので、顔が近い。

 とても近い。息がいい匂いする。


 俺はスッと深呼吸した。


「また変なことしてる」


「つい、な……。ええと、俺は異世界人なんだ。で、邪神メイオーが復活するっていうから、それを討つための勇者として召喚された。召喚されたのは俺だけじゃなく、俺が所属していたクラスの連中24人も一緒な」


「異世界からの、集団召喚呪法……。そんなの、禁呪の類じゃない。失敗したら、辺り一帯が呪力の暴走で吹き飛ぶわよ」


「あー、だから他人の国でやったのか。あの貴族とロリババア魔法使い最低だな」


「ロリババアって?」


「のじゃー、とかいう口調のちっちゃい女が魔法……こっちだと呪法っていうの? それを使ったみたいだった」


「帝国、集団召喚呪法、幼く見える呪法使い……。セブト帝国の奴らだわ。その呪法使いは、異端の呪法師、“高みのハイ”シーマに違いないわね」


「詳しいなー」


「い、一般常識よ」


 ラムハが、明らかに喋りすぎた、という顔をする。

 めちゃめちゃ事情通っぽい女性だ。

 彼女は一体何者だろうか。

 ステータスを見れば分かるかな。

 

「ラムハ、パーティを組まないか?」


「いやよ、ステータス見る気でしょ」


「!? こいつ、俺の心を読んで……?」


「オクノ、すごく分かりやすいのよ……。全部顔に出るんだもの」


 馬鹿な……!!

 俺は衝撃とともに、自分の顔をペタペタ触った。

 うむ、いつも通り、皮脂でしっとりしてる。よく汗を掻くからな、俺。


「とにかく。あなたとパーティを組むのは嫌じゃないけれど、私とじゃ一緒になる意味がないでしょ。何もできないんだから、私」


 つん、とラムハがそっぽを向いた。

 首筋のラインが大変美しい。


「意味はある……」


「えっ!?」


「俺のモチベーションが凄く上がるんだ……!! 美女と一緒というのは、これはとても凄いことなんだぞ!!」


「あ、そ、そう」


 ラムハは呆れたように流したが、俺の目は彼女の頬がちょっと赤くなったのを見逃してはいなかった。


「パーティを組もう、ラムハ……! 頼む……! お願いだ! このとおりだ……!」


 拝み倒してみる。

 なにせ、ここまで喋ってくれる女子など初めてである。

 この機会を逃せば、いつまた機会が巡ってくるかわからない。


 あ、いや、人さらいから助けたここの女の子たちなら、仲良くしてくれそうな気が……。

 いや、待て、奥野! 多摩川奥野!!

 よこしまな心を抱くな!

 目の前の相手に集中せよ!!

 いけそうなんだぞ!!


 俺は、全身全霊を込めて、彼女にお願いをしてみた。


 その瞬間、また頭上に電球が灯る。


 ピコーン!


『アクティブ土下座』


 技の発動と同時に、俺の体は大変美しい土下座の姿勢を取っていた。

 見る者の心を動かさずにはおれぬ、見事な土下座である。

 これを見て、ラムハがハッとする。


「そ……そこまで言うならいいわ。パーティを組んであげる」


「やったあああああああああ!!」


 俺は立ち上がり、ガッツポーズを決めた。コロンビアである。

 俺は彼女と、パーティ登録をする。

 やり方がよく分からなかったが、両者が同意すればパーティになれるらしい。

 なった。


「どれどれ、ラムハのステータスはっと」


「ほら! 早速私のステータス見てる!」


 恥ずかしがる彼女の声を聴きいて、俺はニコニコした。

 さあ、彼女のステータスを拝見することにするぞ。



名前:ラムハ

レベル:6

職業:記憶を失った女


力   : 9

身の守り: 9

素早さ :21

賢さ  :36

運の良さ: 3


HP71

MP85


闇の呪法5レベル(使用条件を満たしていません)



「記憶を失った……?」


「そう」


 ラムハはため息をついた。


「私ね、記憶がないの。だから、自分の記憶の手がかりになるかと思って、世界中を旅して、色々なことを調べているの」


「なるほど、だから物知りだったのか。あと、この闇の呪法って?」


「よく分からないのよね。私、呪法なんて全然使えないんだけど、ステータスにはずっとこれがあるの。だけど、使用条件ってどうしたらいいか分からないわ」


「ふーん」


 俺の目は、手綱を握る彼女の指先に向けられている。

 そこにあるのは、闇色をした指輪だ。

 これじゃない?


 おれは彼女の指先をつんつん、とつついた。

 おっ、ピリッと来た。


「何をしてるのオクノ」


「や、ちょっと。あ」


 ピリピリ来るのをさらにつついたら、指輪の表面にピシッと亀裂が入る。


「あ、ごめん、なんか指輪割れそう」


「え?」


 次の瞬間、指輪が割れた。

 そして、その中から新しい指輪が出現する。

 今度の指輪も黒いが、その表面にキラキラ輝くものが散りばめられている。


 宇宙っぽい指輪になった。



名前:ラムハ

レベル:6/■■■

職業:記憶を失った女/黒■の■■


力   : 9/■■■■■

身の守り: 9/■■■■■

素早さ :21/■■■■■

賢さ  :36/■■■■■

運の良さ: 3/■■■


HP71/■■■■■■

MP85/■■■■■■


闇の呪法5レベル



 やったねラムハ、呪法が使えるよ!

 なんか禍々しいステータスになったけど気にしない。


「オクノー……! もう。あなたのステータスも見せなさい」


「は、どうぞ」


 ちょっと怒り顔のラムハ。

 かわいい。

 彼女は俺のステータスを覗いて、目を丸くした。



名前:多摩川 奥野


技P  :111/111

術P  :99/99

HP:161


アイテムボックス →


・ジャイアントスイング・ドロップキック・フライングメイヤー

・バックスピンキック・ドラゴンスクリュー・シャイニングウィザード



「変。オクノのステータス、変」


「なんだとー!」


「でも、オクノがちょっと変だものね。それに、私はこの変なステータス、嫌いじゃないわ」


 えっ!

 優しい言葉に、俺はちょっとときめくのだった。

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