第2話 俺、女の子たちを救う

 いきなりだが、俺は今、重大な決断に迫られている。

 クラスの連中から逃げた俺だが、奴らは追ってこなかった。

 なので、今は草むらの中で休憩しているのだが……。


 目と鼻の先を、ガラガラと音を立てて大きな馬車が通過して行っているのだ。

 さっき、異世界人に殺されかけた俺だ。

 ここは息を潜めてやり過ごすのが正解。


 馬車はほろ馬車だ。

 古いものらしく、あちこちの幌が破れている。

 草むらからじっと見ていた俺は、幌が風に煽られてめくれたのを見た。


 幌の中が見える。

 そこには、たくさんの女の子が詰め込まれていた。


「なんだい、ありゃあ」


 思わず呟く。

 みんな死んだ魚みたいな目をして、動かずにうずくまっている。

 明らかにまともではない。


「まさか、奴隷商人的な」


 間違いないだろう。

 ここで俺の頭上に浮かび上がる、二つの選択肢。


1・我が身の安全が一番だ、やり過ごそう。

2・ヒャッハー!! 騎兵隊のお出ましだーッ!!


 全く、バカバカしい。

 さっき危険から逃げてきたばかりだぞ。

 人として当然、取るべき選択は決まっているのだ。


「ヒャッハー!! 騎兵隊のお出ましだーッ!!」


 俺は奇声を上げながら草むらから飛び出した。


「なんだと!?」


 馬車を囲んでいたのは、兵士のような連中だ。

 そいつらが反応できない内に、駆け寄って……駆け寄ってどうする?

 ええと、ジャイアントスイングする?


 そこで、俺の頭上で再び電球がピコーンッ!と音を立てて輝く!


『ドロップキック』


「オラァッ!!」


 俺は助走した勢いのまま、飛び上がった。

 兵士が身構えるよりも早く、きれいに揃った俺の両足が、奴の胸板に炸裂した。

 まるで、横方向に直立するかのような美しいドロップキックである。


「ウグワーッ!?」


 兵士が吹き飛んだ。

 背後にいた兵士も巻き込まれ、転がり、後続の馬車に突っ込む。

 馬が兵士につまずいて転び、馬車も横転する。


「しゃあっ!!」


 俺はガッツポーズを決めた。 

 さっきもあったがこの電球、なんか技がひらめくのか?

 しかも閃いた技が凄い威力なんだが。


 おっと、そんな事を考えている場合ではない。

 俺は幌を掴んでまくり上げる。

 暗かった馬車に光が差し込むと、中にいた女の子たちが悲鳴を上げた。


「安心しろ! 俺が来た!!」


 俺は力強く宣言する。


「お……俺さん?」


「俺は俺さんではないが今は俺さんでいい。逃げるんだみんな!」


「……?」


 急展開に、女の子たちはついていけないようだ。

 それに、彼女たちの手足にはかせが付けられている。

 これでは逃げられない。必要なのは枷を外す鍵だな。


 そこに駆け込んでくる兵士たち。

 みんな殺意満々で、槍を構えて走ってくる。


「侵入者だー!! 殺せー!!」


「女どもは、あの方のハーレムに送るための女だ! 傷は付けるなよ!」


 なにっ、ハーレムだと!?

 俺の脳内を、一瞬にしてピンク色の妄想が埋め尽くす。


 そんな俺の袖口を、馬車の中から伸びた手がギュッと掴んだ。

 その指先には、真っ黒な指輪がついている。


 彼女は灰色の長い髪をした、青い瞳の美女だった。


「助けて……」


「お、おっふ」


 おう、と答えようとして、間抜けな返答をしてしまった。

 だが、彼女には伝わったらしい。

 手が離れた。同時に俺の脳内の妄想も消えた。


 よし、やるか!

 戦ってればなんか閃くだろう!!


 槍を突き出す兵士に向けて、俺はそのまま考えなしに突っ込んだ。

 このままでは串刺しである!


 ピコーン!


『フライングメイヤー』


「オラァッ!!」


 俺は槍をかわしてから小脇に抱え、そのまま体を捻った。


「ぬおわーっ!?」


 兵士が槍ごと持ち上げられ、回転しながら地面に叩きつけられる。

 そして俺は立ち上がりざま、倒れた兵士を踏み台にして、


 ピコーン!


『シャイニングウィザード』


 跳躍した俺の膝蹴りが、兵士の顔面に炸裂する。


「ウグワッ」


 背後からも兵士が攻撃を仕掛けてくる。

 こいつには、


 ピコーン!


『バックスピンキック』


 後方へ半回転しながらの後ろ回し蹴りで槍を蹴り折り、驚いて動きを止めた兵士に組み付く。

 そう、ここから、


「ジャイアントスイングだーっ!!」


「ウグワワワーッ!!」


 兵士の足を抱えて振り回し、近づく兵士をなぎ倒し、槍をぶち折る。

 最後に、遠くで弓を構えた兵士に、振り回した兵士を投げつけて当てた。


「ウグワーッ!?」


 駆け付けてきた兵士が全滅である。


「す……すごい……!」


 灰色髪の彼女が、俺の活躍を見て呟いた。

 物憂げそうだった瞳が、潤んでいる。


 女子たちも、俺の活躍に歓声を上げる。


「すごーい!」


「人さらいをやっつけちゃった!!」


「つよーい!!」


 うひょー!

 女子に褒められたのなんか初めてだぞ!!

 俺は舞い上がった。


 だが、それはまだ早かった。

 ボス登場である。


「何かと思えば、なんだてめえ。奇妙な服を着て、しかも寸鉄も帯びてやがらねえ」


 現れたのは、間違いなくこの馬車たちのボスであろう大男だ。

 トゲトゲの肩アーマー、手には大きな斧を持って、モヒカンっぽい兜を被っている。


「おめえがこいつらをやったのか……?」


「おっ、そうだな」


 俺は適当に応じながら、敵を観察していた。

 こいつはでかい。

 だから、あまり技が効かなそうだぞ。


 どうしよう。

 ここは慎重に戦って……。


「やっちゃえー!」


「やっつけてー!!」


「がんばれー!!」


 よしやるぞお!

 俺はボスに向かって突き進む。

 鼻息も荒く……いや、けっして、女子に黄色い歓声をもらって興奮して鼻息が荒くなっているのではない……仕掛ける技を考える。


 よし、ドロップキック……いや、助走距離が足りない。

 ではジャイアントスイング……。


「させるかよ!」


 ボスが斧を振り回した。 

 俺は慌ててしゃがみ込んだ。

 頭上を斧が通り過ぎる。


「危ない!! 怪我をするじゃないか!」


「殺そうとしてんだよ! 怪我どころじゃねえ!」


「なんてやつだ」


「俺の部下を全滅させた奴が言うセリフじゃねえだろ!」


 会話の間にも、俺は斧の下を素早く動いている。

 ボスの足に組み付いた。

 むっ、重い!


 まるで地に生えた大木みたいにびくともしない。


「がははは! お前のようなちびが、オーガと腕相撲で勝てる俺様に素手で挑もうなどと……」


 ピコーン!


『ドラゴンスクリュー』


 俺はまるで、同じ体格の人間に仕掛けるみたいに、ボスの足を抱き込んだまま回転した。

 体格差や重量を無視して、ボスの巨体が勢いで宙に舞う。


「お、おおおっ!? な、なんじゃこりゃーっ!!」


 足を軸として捻られ、ボスは地面に叩きつけられた。

 頭と腰を地面に強打したらしく、「ウグワーッ!!」奴は白目を剥いて失神する。


「よし、勝った」


 俺は立ち上がった。

 俺の技は、発動すると体格とか完全に無視して炸裂するんだな。

 あと、どうして全部プロレス技なんだ。


 素手だからか?

 じゃあ武器が必要じゃないか。

 俺はボスが手放した斧を拾い上げた。


 おっ!

 見た目に反して軽い。

 いや、地面に置いたらゴトッと音がしたので重いっぽいな。


 まあいいや、アイテムボックスというのがあったので、そこに放り込んでおく。

 大きな斧が、スッと消えた。

 重さも感じない。


 便利。


 俺はその後、ボスから取り上げた鍵で女の子たちの枷を外した。


「さあ、君たちは自由なので旅立つがよい」


 俺が精一杯、いけてる笑顔を浮かべてそう告げた。

 すると、女子たちはブーイングをするではないか。


「私たち裸足で、いきなり連れてこられたんですけど」


「街道で解放されても狼とかモンスターの餌になっちゃうんですけど」


「なるほど」


 意外なお話に、俺は新たな気付きを得た。

 裸足の女の子をそのまま野に返しても危ないのね……!


「じゃあ、馬車で町まで行こう!」


「さんせーい!」


 女子たち、俺の言葉にみんなで賛同を示す。

 これほどの数の女子に、賛同してもらったのは生まれて初めてである。

 俺の意見を正しいと言った女性など、生涯を通じてうちの母ちゃんくらいしかいない。


 つまり彼女たちは、大きな区分で見ればママなのでは……?

 俺の灰色の脳細胞が新たな考えを導き出す。


「ねえ、早く行こう。人さらいも捕まえなくちゃ」


 ここで、灰色の髪の女の子が冷静な意見を述べてきた。

 言われてみればそうだ。

 彼女は賢い。


「よし、そうしよう。じゃあみんな手伝ってくれ。こいつらを縛って馬車に放り込んで行こう!」


 俺の宣言に、女の子たちが良いお返事をして、作業が始まる。

 人さらいらしき兵士たちを武装解除し、ふんじばり、幌馬車に詰め込むのだ。

 で、奴らから奪った靴とかを女の子たちが履き、馬車の外を歩く。


「ところで俺は馬車を操れないのだが?」


 御者台に座って、俺はハッと気付いた。

 これはどうすればいいのかな?


 すると、真横に灰色の髪の女の子が乗り込んでくる。


「私がやる。あなたは見張り」


「おう!」


「……助けてくれてありがとう」


 彼女がぼそぼそと言った。


「どういたしましてだ。ついカッとなって勝算もなしに飛び込んで戦いを挑んだけど、まあ勝てて良かった。助かって良かったな!」


「勝算なし……!?」


 彼女が、信じられないものを見るような目を向けてきた。


「大丈夫、俺はなんか、ピンチになると技を閃くっぽい。それでどうにかなったので結果オーライだろう? さあ出発だ!」


 女の子は、納得できないような顔をしたまま馬を走らせた。

 馬車がゆっくりと動き出す。


「ラムハ」


「え、なんて?」


「私の名前。あなたは」


「多摩川奥野だ。オクノと呼んでくれ」


「分かった。オクノ。変な名前」


「なんだとう!」


 こうして、いきなり俺はたくさんの女の子を連れて、街に向かうことになってしまったのだった。 

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