第4話【虚勢は時として人の心を掌握する偉大な行いとなる】

 だが、影武者は諦めなかった。

 あの絶対的な恐怖の権化魔王が、一界の人間如きに負けるなど決してありえない。


 夢や幻、もしくはちょっとしたジョークなのではないか?と、我を疑う影武者。

(魔王様、死んじゃったのかな?……いやいや、魔界の主たる魔王様がそう簡単には――――)と自問自答しながら再び悲惨な地を覗く影武者。


 瞬きをする。目を擦る。柱に一度隠れて再度見る――――奮闘する中、幾時が流れようとも現状が変わる事はなかった。


 項垂うなだれながら柱にもたれ掛かる。

『ハァッ……』と深いタメ息を出しながら、亡き主である魔王様を思い浮かべる影武者。


 大事な会合があり急遽行けない魔王様と代わった時。

 突然の事で妃様の名前を間違えて怒られた時も、後からフォローを入れてくれた。

 後日、原形を留めていない顔で笑ってくれた魔王様。


 1番思い出すのは就職に後がなくて、落ちたら実家に帰ろうとした時期。

 最後の頼みの影武者に選ばれた時は、大勢の部下達の前で一緒になって泣いて喜んでくれた。


 そんな恩人まおうさまにまだ――――感謝の言葉も何も伝えられていない。


 (このままじゃダメだ……


 強く心に決意した影武者は、立ち上がると床に伏す魔王様に歩み寄ろうとしたその時、多数の声がした――――


『緊急連絡があり来てみれば、勇者一行が攻めてきただと……』


『魔王様はきっと、俺達を守ってくれたんだ……』


『今すぐ死天王を収集し、人間国に攻め入るべきだ!!』


 そんな物騒な怒号が影武者の耳に刺さる。


 主を失い士気を上げる部下達の破竹之勢いは、誰も止められない――――そう、……。


(違う……争いなんて魔王様は望んでなんかない!!)


 影武者は大きな体を柱に隠し、脳をフル回転させ最善策を出した。


 影武者は変身形態おしごとモードとなる。


 プライベートは内気で弱気な性格だが、魔王様の魂が宿っていると思えば怖いものは無に等しい。


 柱を後にしズッシリとした重量感を意識しながら、ゆっくりと歩を進める影武者。


 慌てふためく部下達を一蹴する様に、高らかと笑いながら指摘した。


『クハハハハッ!!お前達まだ気付かぬのかバカめ!?今、勇者が倒したのが本物影武者だ!!』


 『えっ?これ偽物?』と影武者の言う事を信じた部下達は素直に安堵し喜ぶ者もいた。


(僕は魔王。僕は魔王。偉大なる魔の王様。落ち着いて次の一言を……)


 沸き立つ歓声が上がる中、影武者本物の一言で静まり返る。


「お前達、一体何をしておる?そんな本物影武者如きに労力を使うでないわ!!バカ者め!!」


 普段激昂などせず、温厚である魔王様の一言で呆気に取られた部下達。


 血相を変えて本物影武者を|魔王城から放り投げる。


 そして、再び大好きな影武者魔王様の元へ、胴上げをしに集まるのであった。


 幸い魔王様本物の魔装や口調は、完璧に習得しているため早々にボロは出ないだろう。


 部下達は勿論、魔王様本物大好きIOVEの連中しかいない。

 しかし、敵対していたりよく思っていない連中にバレたら、この者共の幸せが崩れてしまうな。


「皆の衆!!これ以上の胴上げは、止めてくれ!!」


 ゆっくりと下ろされた影武者は、華麗な締めを既に考えていた。

 格好良く、魔王らしい台詞セリフを――――


「この度は、我が本物影武者が憎き勇者の手に墜ちたがこの魔王は、あんな風にはいかぬ!!」


 魔王様影武者の立派な言葉に魂が宿り、部下達の心を1つにまとめた。


 それに呼応する様に『『『ウオォォォオッ!!!』』』と、魔王城を揺らすほど叫ぶ部下達。


 こうして本物の魔王は死に、影武者が魔王と入れ変わって事なきを得た――――かに見えたが、この話はまだ終わりではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る