三十路女勇者の特訓
それからというもの、我は毎日エレナの家へ通い、この戦に勝利するための特訓に勤しんだ。
「あんたの長い金髪は人目を引くし、それにいい艶をしてる。よくもまあ雑な手入れでこれを維持できてるわ。今日からしっかりとケアをするのよ」
「了解した」
「あ?」
「ご、ゴホン。うふふ、承知いたしましたわ」
「よし」
まずは話し方や作法について、徹底的に叩き込まれた。いつもの口調に戻るたびに、魔物と対峙していた頃のエレナの表情になるので、とても恐ろしい。
「それに肌艶もいい。日々の鍛錬のお陰かしら。ただやっぱり歳には勝てないわ、きっちり化粧も覚えてね」
「肌に何か違和感があって苦手なのだが……」
「ああん?」
「お化粧、楽しみですわ」
髪や肌の手入れ、それに服の着こなしまで、戦場に向けて抜かりはない。
思えば今までは、丸腰で戦に突っ込んでいたようなものなのだ。それはもう、勝算などあるはずがない。
「あとは服ね。あんたは筋肉質だけどスレンダーだから、露出が多めのものよりも体のラインが際立つもののほうがいいかもね」
「あら、素敵ですわ」
「ハア?」
「え?」
「え、あ、ごめん。癖で」
エレナの厳しい特訓は30日間みっちりと行われ、我は――
同時にそれは、自信へと繋がっていった。私が今まで婚活で失敗し続けていたのは、決して私に魅力がなかったわけではないのだと。『勇者』であることにかまけ、『女』としての鍛錬を怠っていたのだと。
「いいわね、これが最後のリハーサルよ――自己紹介からどうぞ」
「私はリリアーナ・ヴァン・ヘルクレイツァ。どうぞ、リリィと呼んでくださいましね」
「リリィさん。ご趣味は?」
「勇者として責務を終えた後、料理や生け花に目覚めましたの。ぜひ今度ご一緒にいかがですか?お料理も食べていただきたいですわ」
「もし結婚したとして、相手に求めることは?」
「平和な家庭を築く……。世界を救った私にとって、それが一番の幸福ですわ。それ以外にはありません」
一連の最終試練を終え、エレナは腕を組み、俯いた。
何かまずい言い方があっただろうか。そう私が不安に感じ始めた頃合いに、エレナは勢いよく顔を上げた。
「グゥレイトォ!」
「やりましたわ!」
戦友と抱き合い、私たちは勝利を確信する。
エレナのお墨付きも頂いた、化粧も服装も所作も問題ない。私は自信という名の剣を持ち、婚活という戦場に舞い戻る。そして必ず、勝利して帰ってくる。それだけだ。
「あれ、勇者様。久しぶりですね。というか、雰囲気変わりました?」
「あら司会の方。お久しぶりですわ。ご機嫌麗しゅう」
「え?」
いつも迷惑をかけていた彼が、目を丸くしてこちらを見つめる。
やはり私は変わったのだ。この戦、必ず勝てる。
私は勇み足で、婚活パーティという名の戦場へ、最後の決戦へ踏み入った。
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