三十路女勇者の決意

「勇者様は……その、ご趣味とか……?」

「料理が好きだな」

「そ、そうなんですか?」

「この季節は野ウサギが丸々と太っていてな。丸焼きにして食べると美味だ」

「ヒィッ」


 料理ができる女はモテると聞き、実践。

 その日のパーティ会場には、我だけが取り残された。


「このオムライスに、美味しくなる魔法をかける」

「は、はあ……」

「美味しくなぁれ……燃え燃えキュンッッッ!!」

「け、ケチャップが容器ごとはじけ飛んだ……」


 燃え、とやらに男は弱いと聞き、実践。

 その日のパーティ会場には、ケチャップまみれの机と我だけが取り残された。


「我、実はこう見えて結構強い」

「そうとしか見えません」

「ほら引っ張ってやる」

「アァァァァ!?腕が!腕がちぎれる!」


 最近の草食系という男は、強い女子に引張ってもらいたいのだと聞き、実践。

 その日のパーティ会場には、すっ飛んできた警備隊と我だけが――



「何の成果もないじゃないか!」


 婚活パーティ終了後、黒星記録を更新した我は、誰もいなくなった会場で余った酒を飲み続けていた。


「またですか勇者様。会場で飲んだくれるのやめてくださいよ」

「うるさい!我悪くない!我悪くないもん!」


 パーティの司会を務める男が、酔ってくだを巻く我を宥める。これもいつもの光景だ。最初こそ、婚活に参加する我を見て大層驚いていたこの男だが、今となっては『騒ぎを起こすのだけはやめてください』と会うたびに言ってくる。


 騒ぎなど起こすものか。勇者ぞ、我勇者ぞ。


「碌な男を参加させない、貴様たちにも責任がある」

「……勇者様の理想の男性像、何でしたっけ」

「我より強い男」

「魔王でも連れて来いと?」


 何が魔王だ。あれは我にあっさりと負けたではないか。


「落ち着いてください勇者様。『蓼食う虫も好き好き』と言いますし」

「誰が蓼だ。斬り伏せるぞ貴様」


 司会の男の言葉につい熱くなった我は、更に酒を追加した。

 もう知らぬ。もうやめだ。やはり我に婚活など向いていなかったのだ。これ以上、恥を晒しても何の意味もない。最近、軍の若いのがひそひそと我のことを『婚活勇者』や『百戦連敗』などと揶揄して呼んでいるのも知っている。


 これ以上恥を重ねることは、勇者としての沽券にも関わる。

 もういい。我には、勇者には、孤独が似合っている。



「勇者様。ヘルクレイツァ様。郵便です」


 気づけば自室のベッドの上にいた。ドアをノックする音と、人の声で目を覚ます。

 またやってしまったか。最近はいつもこれだ。婚活パーティに参加し、誰にも相手をされない苛立ちから酒を飲み、司会の男に絡み酒をし、いつの間にか運ばれている。


「……すまない」

「ま、まいど」


 ひどい顔とひどい髪をした、ひどく酒臭い勇者が出てきたものだからだろうか、配達員は何とも言えぬ表情で部屋をあとにした。バタンとドアが閉まる音がすると、部屋には再度深い静寂が訪れる。

 思わず涙が零れそうになるのをぐっと堪え、受け取った手紙を見る。送り主は、故郷の母であった。筆まめな母は、こうしてよく手紙を送ってくれるのだ。


 痛みを訴える頭を必死に抑え、封を開け、手紙に目を通す。



『親愛なるリリィへ


お変わりなく元気ですか?母は元気でやっています。そういえばこの間は、リリィの30歳の誕生日だったわね。リリィが30歳ということは、あなたが世界を救ってから10年経つということです。本当に、母はあなたのことを、自慢の娘と思っています。


世界の平和を救ったのだから、そろそろ自分の平和も救わなくては駄目ですよ。

あなたを普通の女の子として育ててあげられなくてごめんなさい。本当は私たちにこんなことを言う権利はないのだろうけど、あなたの幸せこそが、私たちの幸せなのです。『勇者』という責務に身を焦がしているのだとしたら、そんなものは捨ててよいのです。

もう世界は、あなたのおかげで平和なのですから。『勇者』だなんて、いらないほどに。


いい人がいたら、『勇者』のことなんて忘れて、一緒になってくださいね。

リリィの子供の顔、見てみたいわ。あなたの子なのだからきっと、強くて優しい子なのでしょうね。


あなたの幸せを誰よりも祈っています。


母より』



 手紙を持つ手が震える。二日酔いに苦しむ頭が軋む。

 怒りと悲しみが、同時に我にこみ上げてきているのを感じる。


 今まで女扱いせず、鍛錬ばかりの人生を積ませてきたのに、30歳を過ぎたら『結婚しろ』とはどういうことか、という怒り。『リリィの子供の顔が見たいわ』という母に、伴侶も孫の顔も見せられずに申し訳ないという、悲しみ。


 我は一人娘だ。我が生涯独り身を貫くということは、ヘルクレイツァ家の終焉を意味する。たとえ我が『勇者』として後世まで語り継がれたとして、その血は途絶える。


 気づけば我は、最も信頼のおける友人の家の扉を、何度も叩いていた。


「なによ、こんな夜中に――」

「エレナ。頼む、お願いだ」

「どうしたのよ、すごい顔よ。うわ酒くさっ」


 扉からのそりと現れた親友、エレナの両肩を掴み、震える声と手を必死に抑えて懇願する。

 我はどうしてもこの戦場を――婚活を、戦い抜かねばならない。

 これが我の『勇者』としての最後の戦場。必ず勝って、古郷の母に孫の顔を見せるのだ。


 たどたどしく、けれども力強くそう伝えると、エレナは満足そうな顔で頷いた。



「久しぶりにそんな顔見たわよ、勇者リリアーナ・ヴァン・ヘルクレイツァ。絶対にこの戦――勝つわよ」



 そこには、頼れる戦友――エレナ・ドゥの、自信に満ちた顔があった。

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