第20話 奇跡

 異様な空気に包まれ、黙り込む美緒。

秋は話を続ける。


「私が小さい頃、お父さんはもうこの世にはいなくて…だからお母さんは私にとって1番大切な存在だった。」



 秋の追憶。

バスの中、2人がけの席に座る秋と母親。

楽しそうに窓の外の景色を眺める。


(キキィーーー…)


すると、いきなりバスが激しく揺れ出した。

そのままスピードを緩めることなく、バスはガードレールを突き破り転落した。


「……いっ、お母…さん!」


母は頭から血を流し、意識が無い。

手を伸ばす秋。

だが秋の右足は鉄のようなものが挟まって動けない。


「お母さん…お母さん…!」


記憶をたどり、苦い表情を浮かべる。



「その日はお母さんの誕生日だった。毎日毎日バイトして、お金を貯めて、それなのにあんな事になって…。」


「そんなことがあったなんて…。私、何も知らなくて…ごめん。」


「美緒が謝ることじゃないよ。たまたま運が悪かったんだよ。…それに私は助かった。生きてる…。」


秋は涙を流した。

美緒はとっさにテーブルの上にあった箱のティッシュを渡した。


「ありがとう。」


秋は涙を拭きながら話し続けた。


「その時にね…身動きが取れなかった私を助けてくれた人がいるの。その人はたぶん私と同じくらいの歳の男の子だった。彼は自分も怪我してるのに、私のことを必死に助け出してくれた。」


秋の目には涙が溢れていた。

しかし、その表情はどこか明るく、希望に満ち溢れていた。


「私は生きている。それだけで幸せな事なんだって今は思う。そういえばね、そのあと病院に運ばれて、助けてくれた彼と話す機会があったの。その時にお礼がしたくて食事に誘ったら、彼女に怒られるからって断られたんだ。」


笑って話す秋。

美緒は秋の言葉に引っかかっていた。


「秋ちゃん、ごめん!辛い思いしたから思い出したくは無いと思うんだけど、その事故の日って…いつ?」


美緒は思い切って聞いた。

秋は不思議そうな表情を浮かべて答えた。


「2年前の、…8月25日。」


美緒は驚いた。

大智が姿を消した日と重なった。


秋は美緒を見て全てを悟った。


「……まさか!!」


秋は美緒の両手を掴んだ。

そして慌てて美緒に問う。


「美緒の彼氏の名前って……」


「高倉…大智。」



全てが繋がった。

あの日、2年前の8月25日。

大智は北海道の親戚に会いに

ご両親と旅行に出かけた。

その先で秋ちゃんと同じバスに乗り、

事故に遭った。


そこで連絡手段の携帯電話を失くした。


じゃあ、大智は今…。


「北海道の親戚の家にいるはず!」


「…でも、どこに…。」


「病院に行けば、何か分かるかも!」


美緒は高ぶる気持ちを抑え、うなずいた。


「いこう!」




 二人は北海道の空港にいた。


「ありがとね。ついてきてくれて。」


「私ももう一度来たいと思ってたから」


二人は手を繋いで駆けていった。


バス停に着くと、少し怯えた表情の秋。

それに気づき、手を強く握る美緒。


「大丈夫だよ。私がついてる。」


秋はゆっくりうなずいた。

バスが到着し、病院へと向かう。


病院に着くと、一直線に受付へと向かった。


「あの!…高倉大智はどこにいますか?」


受付の女性は困り果てた様子。


「どちら様でしょうか?親族の方ですか?」


女性の質問に困惑する美緒。

すると秋が前に出る。


「2年前のバスの事故で、お世話になった日高というものです!」


「少々お待ち下さい。」


秋は美緒と目を合わせ、うなずいた。


しばらくすると、看護師の女性が歩いてきた。


「日高さん?久しぶり!元気にしてた?」


笑顔で秋の方へと近づいてきた。


清美きよみさん!お久しぶりです!」


「こちらの方は?」


看護師の女性は、視線を美緒の方へとやった。


「秋ちゃんの友達の由乃よしのです!」


明るく挨拶をした。


「清美さん、二年前の事故で私と一緒に運ばれてきた男の子を覚えてますか?」


清美は腕を組み、少しの間考えた。


「あー!高倉くんね!背の高い!」


「知ってるんですか!」


いきなり叫ぶ美緒に驚く清美。

秋は鼻に人差し指を当て、美緒の肩を叩く。


「しーっ。ここ病院!」


小声で美緒を注意する。


「あの、私、高倉大智の……」


少しためらった。


「親友なんです!居場所が知りたくて」


清美は少し悩み、2人を見つめた。


「そうだ!ちょっと来て!」


二人は顔を見合わせ、清美の後について行く。


ナース室の机の引き出しから封筒のような物を取り出してきた清美。


「これ、高倉くんの忘れ物。」


「え?」


その封筒は美緒の手に渡された。


「なんか凄く大事にしてたのに、退院が決まってバタバタしてたら失くしちゃってさー。そしたらこの前偶然出てきたのよ!」


美緒は封筒の中身を見ようとした。


「あーーー!ダメダメ!中身はプライバシーの侵害になるから、ちゃんと本人に届けてね。」


「わかりました。有難うございます!」


「清美さん、ほんとに有難うございます。」


二人は深くお辞儀をし、その場を去った。


「青春だねぇ〜」


二人の後ろ姿を優しく見つめた。


 

 メモ用紙に書かれた住所を頼りに、2人は大智のいるであろう場所へと向かった。


「ここに…大智が。」


唾を飲み込む美緒。



『ずっと待っていたこの時が

すぐ目の前にある。


心臓がこれでもかと言うほど

左胸を強く叩いた。』


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