第21話 真実

 ひっそりとたたずむ一軒家。

辺りはほとんどが田んぼで、コンビニも無さそうだ。

美緒にはあと一歩踏み出す勇気が必要だった。ただ呆然と立ちすくむ美緒。


その時だった。


秋が美緒の背中を強く押した。


「ほーら!いっておいで!」


美緒は振り返る。


「秋ちゃん…わたし…。」


うつむく美緒に秋は笑顔で言う。


「私、2年前にお母さんと行くはずだった場所、もう一度来たかったんだー!だからここでお別れ!」


明るく大きな声で精一杯叫んだ。


「逢いに来たんでしょ!高倉大智に!」


美緒はゆっくりと秋を見て頷いた。


秋はそれを見て笑顔で手を振る。


「また後でね!がんばれ!美緒ー!!」


美緒も精一杯の笑顔で手を振る。


「秋ちゃんも!気を付けてねー!」


美緒は秋の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


「よしっ!」


振り返ると、そのまま扉の前まで歩いた。

息を整えインターホンを押す。


(ピーンポーン)


10秒くらい経って、スライドの扉が開いた。

美緒の目に飛び込んできたのは年配の男性だった。


「どちらさんかのぉ?」


「あ、あの!えっとー…、高倉く…じゃなくって、大智くんの…」


慌ててまともに話せない美緒。

一旦深呼吸をし、話し始めた。


「大智くんの…親友です!」


美緒の言葉を聞いた老人は、それまでの不思議そうな表情から、満面の笑みへと変わった。


「そうかそうか。ご苦労だったなぁ。」


「大智くんは…?」


「残念じゃが、今ワシの女房と出掛けておってなぁ。もうしばらくしたら戻ってくるはずなんじゃが。」


「…あ、じゃあ、これ!」


美緒は背負っていたリュックを抱きかかえ、中から封筒を取り出した。


「1番の親友からだって、伝えてもらえますか?」


老人は封筒を手に取り、美緒の顔をゆっくり見上げた。


「大智にも、こんな素敵なガールフレンドがいたんじゃなぁ。」


美緒は深く頭を下げた。


「お邪魔しました!」


そう告げると、振り返ることなく、去って行った。



 バス停のベンチに座り、バスを待つ美緒。

吐いた息が白く染まる。


「もう冬かぁ…。」


しばらくすると、隣に男性が座ってきた。

美緒は少し端に寄る。

そして両手を吐息で温める。


すると突然、隣の男性が話しかけてきた。


「いつから親友になったんだよ。」


その言葉に驚き、声のする方へと視線を向ける。

そしてまた、すぐ前を向いた。


「ここのバス停、時間通りにバスが来たためしないから。」


笑いながら話す男性。

美緒は彼の右腕を強く叩いた。


「いって…!」


「ばか…。」


美緒はすぐに正面を向き、前を見つめる。

その様子を見て、彼はポケットから封筒を取り出した。

そして前屈みになり、封筒をじっと見つめる。美緒は視線だけそちらに向けた。


「捨ててくれって、言ったのになぁ…。」


彼は独り言のように呟いた。


「看護師さんが、『すごく大事にしてたモノだ』って…。」


彼は空を見上げて話し始めた。


「二年前…。俺は親戚に会いに両親と3人で、北海道に来た。その途中で乗っていたバスが事故に遭い、俺は両親を失った。」


驚く美緒。

彼は話を続ける。


「逃げるので精一杯だった。携帯も財布も何もかもどうだっていい。ただ、生きることに精一杯で…気がついた時には病院だった。学校にはすぐに連絡がいった。けど、俺は事故のことは伏せて欲しいと校長にお願いした。もう大切なものを目の前で失いたくなかった。しばらくして、皆月みなづき先生から俺宛にこの封筒が届いた。中には変わらない学校生活の事が記された手紙と…」


封筒を開け、中から一枚の写真を取り出す。


「これが入ってた。」


その写真には、メイド服を着た美緒が写っていた。


「これ…文化祭の時の!!」


慌てる美緒を見て、また笑顔になる彼。


「これが俺の唯一の励みだった。」


彼は大事そうに写真を見つめる。


「忘れようって思ってたんだけどなぁ。やっぱ無理だった。毎日毎日、美緒のことで頭がいっぱいで…。」


すると、今まで黙っていた美緒が食い気味に話し始めた。


「私だって!…毎日毎日、考えてた。なんで急にいなくなったんだろう、なんで何も言わずに消えたのって。考えたって分かんないのに。」


美緒はうつむいたまま話を続けた。


「なんで…なんで私だけ、こんな思いをしなきゃいけないんだろうって…。」


「美緒……。」


美緒の目から涙がこぼれ落ちる。


「けど……、私だけじゃなかった。」


『お母さんは私にとって1番大切な存在だった。』


秋の言葉が美緒の頭を過ぎる。


「辛かった。苦しかった。けどそれよりももっと…、それに負けないくらいの気持ちがあった。」


美緒はゆっくりと顔をあげ、男性を見つめる。


「…あなたに会いたかった。」


気づいたら、彼の腕の中にいた。


「辛い思いさせてごめん。ごめん。……ごめん。」


彼が謝る度に、私は首を大きく横にふった。


『空から白い雪が降ってきた。

うっすらと地面に降り積もるくらいに。

寒い冬がまるで嘘みたいに、

大智の温もりであたたかかった。』



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