第7話 知らない世界

 更衣室で体操着に着替える女子生徒たち。


「今日長距離走だってー。最悪ー。」


「昼ごはんガッツリ食べちゃったー。」


着替えを済ませた女子生徒たちが更衣室を出ていく。


そんな中、美緒みおが遅れてやって来る。



やばいやばい。

授業遅れちゃう。

足が完全に治ってないから、歩きにくいや。



セーラー服を脱ぎ、ハンガーに掛ける。


「これじゃあ、どっちにしろ見学か…。」



 グラウンドの周りを女子生徒たちがダラダラと走っている。

その様子を美緒と沢野が見学している。


「沢野さん、風邪?」


「うん。ちょっと熱っぽくて…」


「そっか…。」


これといって話す内容もなく、会話はそう長くは続かない。


しばらくして今度は沢野の方から話しかけてきた。


由乃よしのさんこそ、足…大丈夫なの?」


「あー、平気平気!ちょっと擦りむいただけだから。」


沢野さん、心配してくれてる。

なんか…嬉しいな。


「…沢野さんが言ってくれたんだよね。私が足痛めて歩いてるの…高倉くんに。」


「私は何も…。由乃さんが足引きずって歩いてるのを、ただ山本先生に報告しただけだよ。」


「んーん。ありがとう。おかげで助かった。」


「私じゃなくて、高倉にはお礼言ったの?」


「うん!今朝、玄関で会ったときに!」


「あの人、困っている人を見るとほっとけない性格だから…。」


「沢野さん、高倉くんと長いの?」


「中学のときから。だけどちゃんと話したのは高校に入ってから。」


「へぇ〜、そうなんだ。」


何とも言えない気持ちになったのでこれ以上はやめた。


「あ、そういえば!沢野さんの彼氏ってどんな人なの?」


思い切って話題を変えてみた。


けど、それは一瞬にして後悔に変わった。


「遊びだから。」


「え?」


空気が変わった気がした。

張り詰めたような…重たい空気。


「私の恋愛なんて、ただの遊びだから」


恋愛なんて…。


沢野さんが放ったその言葉と、私がいつか口にしたその言葉は同じなのに、なぜか彼女のそれは私のよりも凄く現実味を帯びていて、

心に刺さるものだった。



 授業が終わり、校内へと戻る生徒たち。

美緒は自分の下駄箱に手を伸ばす。

しかしそこには美緒のサンダルが無い。


「…あれ?ない。」


辺りを探すが見当たらない。

そこへ愛美まなみ詩織しおりがやってきた。


「ん?美緒たんどした?」


「小銭でも探してんの?」


小銭って…あんた。


「サンダルが見つからなくて…ここに入れたはずなんだけど。」


2人も美緒のサンダルを探すが一向に見つかる気配はない。


「しゃーない。来客用のスリッパ使おう。」


愛美はスリッパを取りに行く。


来客者用のスリッパに履き替え、教室に向かう美緒たち。


「どこいったんだろうね。」


「下駄箱以外で脱ぐことなくない?」


愛美と詩織が話しながら廊下を歩いていると、1人の女子生徒が前から歩いてきた。

そして美緒に話しかける。


「由乃さん!」


「西宮さん?…どうしたの?」


話しかけてきたのは、同じクラスの西宮だ。

すると彼女は、躊躇ためらいながらも話だした。


「あの、これ…由乃さんの…だよね?」


そう話す西宮の手には、見覚えのあるサンダルがあった。


「どうして…?」


それは間違いなく美緒の物だった。


「それが……」




 薄暗くなった帰り道を歩く美緒と愛美。


「一体誰があんなこと…。」


石ころを蹴り飛ばし、怒りをあらわにする愛美。

美緒は西宮の言葉を思い出す。


『それが…。教室のゴミ箱に捨てられてて。』


『は?なんで…。』


思わず声を荒げる愛美。


『ちょ、愛美!西宮さんは持ってきてくれたんだよ?』


『あ、…ごめん。』


千鶴ちづるの言う通りだ。


美緒はあまりにも衝撃的な出来事に困惑し、言葉が出ない。


『それと…もうひとつ…、これがサンダルの裏に…。』


西宮が差し出した左手の上には、複数の画鋲がびょうが転がっていた。


美緒は恐怖を感じ、思わず口元を手でおさえる。




思い返すだけで少し気味が悪くなった。

それを隣で心配そうに見つめる愛美。


『自分でも気づかないうちに、知らない世界に足を踏み入れてしまったのかもしれない。恋愛という、私の知らない世界に…。』

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