第6話 揺らぐ気持ち

 大きな公園の芝生の上で、生徒たちは昼食をとっている。


公園の入り口には2人の教師が立っている。


皆月みなづき先生!あれ!」


男性教師が指差す方向には、美緒みおたちの姿が見えた。


由乃よしのさん!大丈夫?」


慌てて駆け寄る皆月。


「ごめん…おろして。」


大智だいちにだけ聞こえる小さな声で言った。


大智は、背中に背負っていた美緒をゆっくりおろす。


「山本先生、消毒液とガーゼありますか?」


大智は汗を流し、今にも山本に飛びつきそうな勢いだった。


「わかった!すぐ取ってくる!」


山本は慌てて公園内の荷物置き場へと走った。



「おーい!大智ー!なにやってんだよー」


「はやくメシ食うぞー!おせーよー!」


奥の方から男子生徒達が大智を呼ぶ。


「悪い悪い!今行く!じゃあ皆月先生、俺はこれで!」


そう告げると、そのまま振り返ることもなく

仲間の方へと駆けて行った。


「高倉くん、ありがとね!」


皆月の言葉に、軽く右手をあげて返した。


美緒はその姿をただ見ているだけだった。



 月曜日の朝。


美緒は下駄箱でサンダルに履き替える。


「…はぁ。」


結局、お礼も言えなかった。


彼の背中にしがみつくのが精一杯で、話すことも出来なかった。


「おう!足は平気か?」


「え?」


あ…高倉くん。


「あ…うん。大丈夫。少し安静にしてなきゃだけど。」


美緒は少し恥ずかしそうに、右足を左足の後ろに隠した。


「なら良かった。はやく治るといいな!」


大智は満面の笑みで答えた。



言わなきゃ。


せっかく向こうから話しかけてくれたんだ。



「あの…さ。」


「ん?」


「昨日は…、ありがと。」


彼のように、まっすぐ目を見ては言えなかった。


それでも、彼が優しく微笑んだのはわかった。



 (バンっ!)


机を両手で叩く音。


「美緒、白状しなさい!」


愛美まなみ…怖いよぉ。」


愛美を中心に、詩織しおり千鶴ちづるが両サイドを固める。


「取り調べじゃないんだからさぁ。」


呆れる美緒に、愛美はもう一度机を叩く。


「結局のところどうなのよー!」


「声大きいし…何が?」


両耳を押さえ、聞き返した。

すると今度は詩織が口を開いた。


「とぼけんじゃないわよ!もう証拠は押さえてあるんだから。」


「カツ丼でも食べるか?」


「ねぇ、千鶴までどうしたの?」


苦笑いをする美緒。

すると今度は愛美が、美緒の耳元で囁いた。


「たーかーくーらーだーいーちー!」


「ちょ、やめてよバカ!」


咄嗟に離れる美緒。


「わっ…ああ!」


するとバランスを崩し、椅子から転げ落ちる。


(ガタンっ!)


「いったたた…。」


「ちょっと。足怪我してんだから気をつけなよ?」


「愛美のせいじゃんー。」


ゆっくりと立ち上がり、倒れた椅子を元に戻す。


「ほんとに何とも思ってないんだって。あの日の放課後だって、たまたま隣のクラスを覗いたら高倉くんがいて…」


「「それで??」」


3人は声を揃えて言った。


「そ…そういえば、もう1人女の子がいた。高倉くんと何か話してたみたいだった。」


「女の子?」


愛美が不思議そうに問う。


「ほら!たぶん彼女さんだよ!だから私は何も関係ないないっ!」


少し考えたあと、愛美は詩織と千鶴の順に目を合わせ、最後は美緒の目を見た。


「なーんだ。つまんないのー。」


美緒は苦笑いを浮かべ、ため息をついた。


ふと、大智の姿がフラッシュバックする。



「…うん。ないない。」



『小さな声で、

自分に言い聞かせるように呟いた。

それはたぶん、

この揺れ動く気持ちに答えを出すのが怖いからなのかもしれない。』

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