第8話 ただの同級生
午前10時。
朝だというのに、外は大雨のせいで夜みたいに暗い。
教室には、窓を叩く雨音が鳴り響いていた。
知らないうちに、何か人に恨まれるようなことをしたのかな。
授業が終わり、トイレへ向かう美緒。
すると鏡の前で手を洗う沢野がいた。
鏡越しに目が合う。
『私の恋愛なんて、ただの遊びだから』
あの時の、沢野の言葉が頭をよぎる。
すぐに目を逸らし、トイレの個室へ入る。
沢野は鏡を見つめ、ハンカチで手を拭く。
そしてその場を去った。
沢野は教室の手前で
「沢野、
「さっきトイレで見かけた。」
「そっかー…」
「どうかした?」
「あ、いや、また後で来るわ!さんきゅー!」
そういうと大智は教室に戻って行った。
沢野は少し首を傾げた。
トイレから出てくる美緒。
教室へ向かう途中、他の生徒たちとすれ違う。
「でさぁ…そいつがマジでやばいんだって!」
「それありえなくね?」
まるで自分の噂をされているかのような感覚に襲われる。
「わっ!」
その時、
「びっくりしたー。脅かさないでよ。」
「ご…ごめん。そんな驚くと思わなかった」
美緒は少し不機嫌に振る舞った。
今の美緒には、そんな余裕は無かった。
雨はまだ降り続いている。
「わー。これ止みそうにないね。」
「ほんとだねー。」
玄関で空を見上げる愛美と
すると美緒は下駄箱の中に何かを見つける。
「美緒どうしたの?」
千鶴がそれに気づき美緒に尋ねる。
美緒はそれを隠すように両手を後ろへやる。
「んーん!何でもない!」
大きく首を横に振る。
「ごめん千鶴。先帰っててくれる?愛美と詩織にも伝えといて!用事思い出しちゃった!」
千鶴は走っていく美緒の後ろ姿を目で追った。
誰も居なくなった教室。
そこへゆっくりと女子生徒が入ってくる。
彼女はそのまま窓側の1番前の席へ向かった。
美緒の席だ。
椅子をゆっくりと引いた。
机の中には教科書やノートが入っているのが見える。
彼女は机の中に手を伸ばした。
(ガシッ)
その瞬間、手首を強く掴まれた。
ほどよく筋肉のついた男性の手だ。
「何してるの?」
彼女の手を掴んでいたのは大智だった。
問い掛けた大智の目は、その優しい声のトーンには似合わない、真剣な目をしていた。
彼女は反射的に大智の手を振り払う。
「高倉くん…なんで……」
彼女の声は少し震えていた。
そこへ足音をたてながら美緒がやってくる。
教室の後ろから入ってきた美緒は辺りを見渡し、自分の席で視線をとめた。
そこに立たずむ2人を見て驚く美緒。
「……にし…みやさん?それに、高倉くん。」
立っていたのは、美緒のサンダルを見つけてくれた西宮だった。
「どうしたの?私の席で…。」
うつむく西宮。
しばらく静寂が続いた。
「あー、うざ。」
「…え?」
西宮の口から発せられた信じがたい言葉に、戸惑いを隠せない美緒。
「うざい、うざい、うざい!なんでアンタが…なんで?意味わかんない!」
見たこともない彼女の表情に圧倒される。
「高倉くんのこと…何も知らないくせに。」
……え?
「もしかして…サンダル捨てたのも…」
「そう、私!」
美緒は一瞬、込み上げるものを堪えて深呼吸をした。
私は知らない間に、他人に恨まれるような事をしていた。
西宮さんは高倉くんの彼女で…
そりゃ怒るよね。
何にも知らない私が高倉くんと話したり、優しくされたりしたら…。
「そっか。知らない間に私、西宮さんのこと傷つけてたんだね。ごめん…。」
美緒の返答に、驚く西宮。
「でも、私は高倉くんのこと何とも思ってないから。ただの同級生っていうか…顔見知りっていうか…。そもそも知り合ったのだって、ほんとに最近だし。」
「
笑顔を作って話す美緒を心配そうな表情で見つめる大智。
「だから…もうこれでおしまい!」
「…え?」
「高倉くんとはもう関わらないし、話したりしない。」
そう告げると、急いで教室を出て行く美緒。
黙ったまま頭を抱える西宮。
大智はすぐに美緒を追った。
「由乃!」
大智の声に、玄関の前で足を止める美緒。
外は雨の勢いが増している。
すると美緒は、大智に背を向けながら話し始めた。
「手紙!『教室に来て』って、そう言う事ね」
振り返る美緒は、ノートの切れ端を大智に見せた。
そこには『教室に来て。高倉大智』と書かれている。
「ありがとう。おかげで嫌がらせの犯人見つかったし…すっきりした。」
精一杯の笑顔で話す美緒。
するともう一度大智に背を向ける。
「高倉くんは誰にでも優しいからさ…高倉くんの事を好きな子は、たぶん焼いちゃうんだよ」
「由乃…。」
「だから、私のことは大丈夫だから。」
「ちがう由乃。その手紙は俺じゃ…」
「ごめん!…急いでるから。」
大智の声を掻き消すように言葉を放った。
「じゃあね。」
振り返った美緒は満面の笑みを浮かべていた。
しかしその目からは、一粒の涙が溢れていた。
美緒はカバンを傘がわりにして、雨の中へ消えて行った。
『まるで自分の心を表すかのように、雨は止むことなく、容赦なく降り続いていた。』
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