第19話 思いがけない告白?

 お掃除部の冬は開店休業状態。寒いし、風が吹くし、汚れは落ちない。

 最近は家庭科部の準備室でお茶会をしながらおしゃべりすることが多い。


「このクッキー誰が作ったの?えっ、友ちゃんってこういうのはめんどくさいって言ってたのに。とってもおいしいよ!」


「このお菓子はいったいなにかしら、変わってるわね。」


「優先輩、高野豆腐です。うちで余ってたので作ってみました。味はどうですか?」


「竹田さん、味が染みてておいしいけど、紅茶に合わないわね。」


「ほうじ茶の葉っぱ持ってきました。あの、切り干し大根もどうぞ。」


 竹田ちゃんは地味に黙々とお掃除する印象の後輩だが、時々驚かされる。


「いいんじゃない、自宅の台所を掃除して出てきた残り物でおいしい食べ物を作るって、お掃除部の方針に合ってるよ。」


「佐智の言うとおりね。しばらくはこの路線でお茶請けを用意しましょう。」


 楽しくおしゃべりしているとガラリと戸が開いて中山寺さんが顔をのぞかせた。


「ちょっと、優!生徒会の話し合い始まるわよ!なに優雅にお茶飲んでるの。」


「中山寺さん、よかったらほうじ茶と高野豆腐食べてかない?小腹すいてるでしょ、切り干し大根もあるわよ。」


「何よ、高野豆腐って……あらおいしいじゃないの。お代わりくださる?そうそう、生物の川村先生がお掃除部の部長を呼んでたわよ。」


 中山寺さんが切り干し大根をほおばりながら言う。

 何だろう、呼ばれてお説教をされる覚えはないから依頼かな。

 生物準備室の掃除とか。


 「行ってくるね。中山寺さん、優はもう行ったけど、いつまで食べてるの?」



 生物の川村先生は五十代の眼鏡をかけた細身の神経質な感じのおじさんだが、授業はわかりやすく生徒の評判はいい。愛妻家って噂も好感度を上げていた。

ヅラハンターメグのアンテナにはひっかかっているけど。


「川村先生、何か用事ですか?」


「ああ、お掃除部の部長は竹之井さんか。実はちょっと頼みがあるるんだが…。」


 先生はちょっと周りを見回す。幸い、職員室の先生の周りには人気ひとけが無い。


「個人宅の掃除を手伝ってほしい。少人数で、なるべく秘密にしてくれないか。」


「…個人宅ですか。それはちょっと……。」


 テレビなどでお汚屋を掃除する番組が人気だが、実は素人が手を出そうとすると大変な目に合う。汚すぎて体の具合が悪くなるからだ。住んでいる人は少しずつ汚くなっていく部屋に徐々に体が慣れているが、初めて入る人は五分以上すると気持ちが悪くなる。マイナスエネルギーを取り込んだ体が拒否反応というか、命の危機を感じるらしい。

 よっぽどマイナスエネルギーに鈍感な人か、自分のプラスパワーが強くないと、お掃除業者はできない。部活仲間を危険にさらすわけにはいかない。断ろう。


「いやその、実は私の娘が就職で家を出るんだ。その空いた部屋を妻が趣味の部屋にしたいと言っているんだが、物が多すぎて娘も荷造りを先延ばしにしててなあ。業者を呼ぶほどではないんだが、一緒に手伝ってくれたらバイト代を出すから。」


 川村先生の思いがけない告白に驚く。何だ、お汚屋じゃないのか。先生の娘さんで、同居してる部屋ならできそうじゃん。先生に恩を売っておくのは得だ。

決してバイト代につられたわけではない。

 

「わかりました。お引き受けします。でも本人がいない場合はできませんよ。」

 

 いくら親でも勝手に捨てられては腹も立つだろう。

 先生から娘さんが家にいる日と、バイト代がいくらかを聞いて家庭科準備室に戻った。



「メグ、川村先生の話って何だったの?」


 佐智が心配そうに聞いてくれる。


「ここだけの話にしてほしいんだけど、川村先生の娘さんの部屋の掃除を頼まれたの。物が多くて、手伝ってほしいんだって。今月末の日曜日なんだけど。」


「私、ハウスダストアレルギーだからそういうのは無理。」


「私も汚い部屋に入るのは嫌です。予定もあるし。」


 佐智と三田ちゃんにはぴしゃりと断られた。お掃除部だからといって、全員がおせっかいなお掃除好きとは限らない。ダニやハウスダストのアレルギーの人は無理だろうし、潔癖までいかなくてもきれい好きな人は汚い部屋に入るのは苦痛だ。


「私はやるから、あと三人くらいダメかな?少しだけどバイト代出るよ。」


 バイト代と聞いてドケチ芦谷の目が光る。


「私やります。川村先生は担任だし。」


 竹田ちゃんが申し出てくれ、芦谷ちゃんもいってくれるという。

 あと一人というとき、優が中山寺さんと戻ってきた。


「あ、優ちょうどいいところに。」


 ざっと説明すると、残念そうに断られる。


「確かその日は法事なの。私の代わりに中山寺さんがいくわ。」


「ちょっと、なんで私が。」


「お茶とお茶菓子食べたでしょ。生徒会役員として、見届けてきなさいよ。」


 こうして私と竹田ちゃんと芦谷ちゃん、中山寺さんの四人で川村先生の家のお掃除の手伝いに行くことになった。



 当日。先生の家は簡単に分かった。

 掃除のしやすいラフな格好で四人そろって玄関チャイムを鳴らすと、すぐに先生と奥さんが飛び出してきて私たちを家の中に招き入れる。


「ごめんなさいね。近所の人に見られるとなにかと噂になるのよ。お掃除業者を呼ぼうものなら根堀り葉ほり聞かれてしまうし。娘がだらしないって知られたくないの。」


「そうなんですか。で、掃除する部屋はどこですか?」


「それがなあ、……。」

 

 先生の歯切れが悪いものの言い方に、不安がよぎる。

 取りあえずリビングでお茶を頂きながら話を聞いた。


「え、掃除の手伝いに来るって言ってないんですか?それはちょっと…。」


 捨てることに前向きな人ならいいけど、触らないでという人の部屋を勝手に掃除するわけにはいかない。とってもデリケートな問題なのだ。


「なんとか掃除する方向に説得してくれないか。」


 どうしようかと話していると先生の娘さんが登場した。


「何してんの、お母さん。」


 大学を卒業して四月から就職だから、私たちより4,5歳は年上のお姉さんは先生にそっくりな顔立ちで、父娘関係は間違いなし。


「お父さんの教え子が遊びに来てくれたのよ。」


「ふーん。」


「お邪魔しています。あの、もうすぐ就職だそうですが、どんなお仕事をなさるんですか?」


 なんとか掃除か荷造りの話にならないか、いろいろ話しかけてみるが、らちが明かない。どうしようかとじりじり焦っていると、中山寺さんがイライラしたのか、ド直球を投げた。


「部屋のお掃除手伝います。」


 ぎょえ~他人のデリケートな心の奥に土足でずかずか入っていったよ!

 竹田ちゃんも芦谷ちゃんも青ざめてる。

 川村先生の奥さんが慌ててフォローした。


「あの、お母さん、弘子が家を出た後、あなたの部屋を趣味の部屋に使いたいってお父さんに言ったら、お掃除部があるから手伝ってくれるっていうの。」


 お姉さんはジロリと私たちを胡散臭そうに見た。普通そうくるよね。

 万事休すか……。


「部屋の掃除くらい自分でやるのに。でもまあ、せっかく来てくれたんだから、手伝ってちょうだい。」


 ええー上手くいったの?中山寺さん、ナイスじゃない!

 弘子さんの部屋に行くとき、中山寺さんにありがとうとお礼を言う。


「私、少し話すのを聞くと声の調子とか声質が嫌いじゃなければ、その人は大丈夫ってわかるのよ。人相的にも大丈夫そうだったし。」


 意外にも中山寺さんってちゃんと考えてる人なんだ。

 こうして無事目的の部屋に入ることができたが、物の多さに目をいた。

 一人娘さんだというだけあって、まず部屋の広さが広い。

 そしてその部屋に服がぎっしりと、雑誌や本がどっさり。

 幸い、私たちの最も恐れる腐敗した飲食物はない。本類は全捨ての許可が出た。


「芦谷ちゃんは服を集めて。弘子さんは服のいるものと、捨てるものを判断してください。私は捨てる服をごみ袋に入れるわ。竹田ちゃんと中山寺さんが本を縛るから、部屋から出した捨てるものを先生ご夫妻が一時置き場に運んでください。」


 こうして全員、黙々と作業に取り組んだ。


「欲しいものがあったらあげるわ。」


 弘子さんは言ってくれたけど、成長してから他人の衣類で貰ってよかったってものって、ほとんどない。サイズが違っていたら絶対に無理。

 たとえ少額でも、お金を出すから欲しいというもの以外は着てもテンションが下がるだけだと思う。

 全員黙々と作業に没頭する。一人じゃできなくても、みんなでやれば祭りのようでどんどん捨てていくのが楽しくなる。


「あ、このマンガ!!」


 竹田ちゃんが突然叫んだ。


「どうしたの?」


「これ、前から買おうか迷っていたんですけど、70巻以上あって手が出なかったやつなんです。それとこの作者のちょっと知られていないマンガも……」


「その本棚のマンガで欲しいやつは全部上げるわ。」


「ギャー!全部欲しい~!」


 竹田ちゃんは紙袋十二個分の超大量のマンガをゲットすることになった。


「本人が幸せそうだからいいけど、あんなに大量のマンガを家に持ち込んだら大変よ。置くところあるのかしら。」


 中山寺さんがあきれていたけど、私もちょっとだけあきれた。

 お昼はお寿司の出前を取ってもらって作業を続け、すっかりときれいになった弘子さんの部屋とリビングに大量の捨てるものが山になりお掃除は完了した。


「一度に捨てると向かいの奥さんに見つかるから、少しずつ捨てるわ。本当にありがとう。」


「助かったよ。少ないがバイト代を…。」


「いいえ先生、これは部活動の一環ですのでお金はいただけません。交通費として千円くらいなら。」


「ちょっと中山寺さん!!」


「何よ、生徒会役員に意見するつもり?」


「くっ!千円なんてギリギリ交通費じゃないの!」


「ふふん、当然じゃ…先生!あのハードカバーの本も捨てるんですか!」


 中山寺さんは捨てるものの山の中の本を見て叫んだ。


「ああ、大池波先生の時代小説か。全集を買ったからあの本はこの際もう捨てようかと思ってな。ついでだから。」


「貰ってもいいですか?」


「中山寺、渋い趣味しているなあ。いいけど、どうやって持って帰るんだ?」


 結局、竹田ちゃんと中山寺さんは大量のマンガと本と一緒に川村先生に車で送ってもらうことになった。

 二人はお宝ゲットでホクホクだが、バイト代がふいになったドケチ芦谷が中山寺さんを呪わないかと心配。


「メグ先輩、バイト代は残念でしたけど、もういらないって黒のコートを貰いました。先日、曾祖母のお葬式で黒のコート持ってなくて水色のコート着て行っちゃって…。これ、自分で買ったことにして親からお金貰おうっと。」

  

「よかったね。黒のコートは必要よね…。」


 全員が幸せになったお掃除、後日とんでもない噂になるとはこの時誰も思っていなかった――。

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