第18話 日雇いバイトは結婚式場披露宴?

 「メグ先輩、日雇いのバイトを見つけたんですけど、一緒にやりませんか?」


 三学期が始まってすぐに芦谷ちゃんに誘われたのはアルバイトの話。

 大変申し訳ないけど、日雇いのバイトですぐに浮かんだのは道路工事とかガテン系の仕事。


「え、私屋外での仕事はちょっと…力仕事は自信がないわ。それに学校でバイトは禁止されていないけど、届け出なければいけないでしょ。将来の進路選択につながりそうなものを体験するっていう建前が必要だよ。」


「先輩何を考えているんですか。そうじゃなくって、結婚式場の披露宴でウエイトレスさんみたいなことをするバイトです!」


「えっ、それはどういう?もっと詳しく話して。」


 芦谷ちゃんによると、なんでも最近は親戚、友人を招いての大規模な披露宴は少なくなっているし、そもそも土日祝の大安か友引の日だけ人手が欲しい結婚式場側と、たまにバイトしたい私たちがピッタリだそう。


「結婚式場ならきれいな花嫁さんをただで見られて、プラスエネルギーに満たされたところでお掃除部の延長みたいなことをやってお金がもらえます!」


「なんてすばらしいの。ぜひやってみよう。誘ってくれてありがとう。」


 三田ちゃんと川田ちゃんも誘ってみたかったらしいが、取りあえずどんなもんかということを知ろうと、私と芦谷ちゃんの二人で偵察も含めてバイトを申し込んだ。



 今日結婚する人の人生で今まで一番幸せなのは今日の結婚式だろうな。

 その後もっといいことや嫌なこと、何が起こるかわからないけど。

 バイトの仕事は披露宴会場のウエイトレスさんで、乾杯の時にシャンパンをグラスに注ぐ、ビール瓶が空になったら下げて代わりのを持っていく、空いたお皿を下げる、等の簡単なこと。難しいことは正規のスタッフさんがやるから楽ちんだ。

 えんじ色の地味なワンピースに白のエプロン姿でお皿を下げながら楽しそうな会場の雰囲気を楽しむ。

 フラワーアレンジメントがとってもきれいでアクセントのピンクのバラのつぼみがかわいい。将来こういう職業もいいなあ。


「芦谷ちゃん、新婦さんのドレス、素敵よね。」


「私はデコルテの部分を出すのは恥ずかしいし、首あたりまで細かいレースのがいいかな。色ドレスは青で。」


「青、似合うと思う~。私は黄色かオレンジで。ブーケはどうしよっかな。」


「メグ先輩、しかしあの新郎さんどうやってあんなかわいらしい人をゲットしたんでしょうね。見た目が釣り合ってないですけど。」


「高学歴で高収入なんじゃないの?いいじゃないの、あの二人に幸多からんことを祈るわ。」


 女子高生が壁際でゲスい話をしていても、会場内の幸せ度はマックスで全員にこにこして幸せそう。

 私たちもその幸せのためにジャンジャンとビールやウーロン茶を運ぶ。

 

 宴もたけなわ、少し休憩したいけど仕事をやってるふりで会場を見渡した。

 あっ、あのおじさんズラだな。

 ズラハンターメグが出動する。私を甘く見ないでほしい。

 うーん、あの人はどうだろう、ちょっと難しいな。もうちょっと近寄ってみないと。新郎の家族のテーブルにいるおじさんってことは新郎の父か。

 完全に光ってるのは新郎のおじいさんだろうな。


 その時、芦谷ちゃんが近寄ってきてささやいた。


「メグ先輩も気がつきましたか?」


「ええ、芦谷ちゃんも気になるの?」


「はい、断言できないんですけど、あの辺からなにか嫌な気配がします。」


 芦谷ちゃんは新郎の家族のテーブルのほうを見つめる。


「ええっ!そっち?」


 何だろう。新郎の家族の心に何かよこしまな思いがあるのか…。それともその後ろにある扉からなにか不幸が入り込んでくるのか。もしかして生霊が取りついているのかとか。どうしたらいい…。 

 私たちには未然に防ぐ力はない。でも何とか対処できたらいいのに。


「芦谷ちゃん、新婦の元カレが乱入してくるとか、新郎の元カレが乱入してくるとか、新婦が新郎を置き去りにして出て行っちゃうとか、何かわからない?」


「そんなことわかってたら占いのバイトしてますって!」


 気のせいだといいのにと祈っていると突然ものの倒れる音と悲鳴が聞こえてきた。


「来た!何事!」


 人垣の中心で倒れている人は……おじいさん。

 心臓か脳か急に具合が悪くなったのかとスタッフが駆け寄る。

 芦谷ちゃんがスマホで119番通報をしていた。ナイスよ!

 ざわめきの中で聞こえてくるおばさんのヒステリックな声。


「おじいちゃん、アルコールはドクターストップだったのに、こっそり飲んだわねっ!しかも結構酒臭いってことは一体どれだけ飲んだのかしら!」


 兎にも角にもおじいさんは息子夫婦に付き添われて救急車で運ばれて行き、披露宴は強引に両親に花束贈呈に移り、新郎の両親には親戚の人がまごまごしながら駆り出されていた。感動の涙を流す人は一人もいなかった。

 だって新婦の顔が般若のようだったから。


「わかる、よーくわかる。あなたの気持ち。今日の主役はあなたのはずだったのに。私、お酒飲めるようになってもいい気にならないで、気を付けようっと。」


「新郎のせいじゃないけど、あの二人どう落とし前つけるかすっごく気になりますね。絶対に一波乱ありそう。」


「私も知りたいー!」


 こうして私と芦谷ちゃんはもう一つ披露宴でウエイトレスをして日当6000円と交通費を頂いて帰った。

 働くって、本当に勉強になるわ。

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