第16話 ホテル客室清掃寒稽古?

 冬休みもホテル客室清掃の部活があるが、今回は事前に申し込んで日雇いのアルバイト形式でバイト代が出る。毎日四時間働いて、お金がもらえるのがうれしい。去年はここでためたお金でアイドルのコンサートに行って、グッズを沢山買ったっけ。今年もがっつり働くんだ。


 さて、ホテルは一年365日営業しているから、大晦日だろうと、元日であろうと客室清掃の仕事はある。近年里帰りの際、実家に泊まらずホテルにという人が増えて、年末年始も稼働率は高い。一応フロントの人も客室清掃はできるが、やはり主戦力はパートのおばちゃん。今までは考えたことがなかったけど、大きなホテルがたくさんある都会や、新しくオープンするホテルとかって、どうやって客室清掃係を確保しているのか不思議でしょうがない。



「マジか…。」


 お弁当箱の空き容器や、お菓子の包装紙が散らかり放題の部屋を見て、二重のショックが私を襲った。

 さっきこの部屋から出て行った温厚そうなおじ様が「お世話になりました、ありがとう。」って声をかけてくださったので、きっとこの部屋はキレイに使ってあると確信していたのに。

 こんなんで許されているなんて大分奥さんに甘やかされているんだな。


 人は見かけによらない、いや、内面が出るから見かけによる、見かけは大切っていろいろ言う。

 だけど、「人は見かけによらない」って普段の生活でどういうときに思うだろう。

 困ったときに思いかけず助けてもらえたときかな。

 今の私のように、いいことを確信したのに裏切られるってそうそうない、貴重な経験だ。まさしく「がーーん。」って言葉がぴったり。

 客室清掃では結構あるあるみたいで、感じのいいご夫婦連れだったのに、バスルームがひどかったとか、きれいなお姉さんだったのに部屋めちゃくちゃとかごく普通のことらしい。そして大部分は見かけ通り。


「きれいな部屋は、スポーツ少年少女の遠征で泊った部屋ね。」


 リネン室の奥でコップ類を洗浄機にかけながら、千代さんが教えてくれた。


「やっぱりしつけがきちんとしているからかしら。強いチームかどうかはある程度部屋を見ればわかるわよ。逆に審判する先生たちの部屋は宴会したの?ってくらいお酒の缶があること多いよ。プロスポーツの選手も遅めのチェックアウトで団体だからもう大変よ。次のチェックインまでに掃除が間に合わなくて。」


「プロスポーツの選手!?じゃあカッコいい芸能人とか俳優さんに廊下で会ったりするかもしれないんですか?」


「このホテルではないけど、知り合いがパートしてるホテルは歌手Мの定宿なんだって。Мセットって、特別に空気清浄機とかミネラルウオーターとか布団とか部屋に入れるけど、フロントチーフが担当するからパートさんは見たこともないって。部屋からほとんど出歩かないらしいよ。」


「なんだ、ガッカリ。」



 客室掃除で一番お客様にお願いしたいこと第一位は実は『忘れ物をしないで欲しい。』ということ。靴下片方とかペットボトル未開封が結構多い。取りにみえないだろうなというのは気軽だが、ほぼ中身のないヘアワックスのチューブをゴミかと思って処分したら取りに来られて、ゴミ袋を漁ったことがあった。(ごみは階ごとにまとめて数日保管する。)

 布団は忘れ物がないかチェックしながらシーツを外すから、たたんでおかなくても適当に置いておけばいい。あっ、シャワーカーテンだけは広げておいていただけるとありがたい。ゴミもできれは一か所にまとめておいていただけると…。


「……わあこれ、絶対に取りに来るだろうな……。」


 洗面所で発見したのは備品のコップに沈む部分入れ歯。

 財布やスマホ、貴重品は問い合わせがあるから、フロントにすぐ連絡しないといけないので部屋の電話機でフロントに連絡した。


「はい、フロントでございます。」


「客室係の竹之井です。部分入れ歯の忘れ物がありました。」


「すぐ取りに行きます。」


 部分入れ歯を水でよーーくすすいでからティッシュでくるむ。


「すみません、忘れ物はどれ?」


 あっ、篠山さんだ。相変わらず感じのいいフロントマンだわ。


「あっこれです。」


 さすがの篠山さんもちょっとひるんだようにティッシュを受け取って中を改める。忘れ物用のビニール袋を渡してあげると、ありがとうと部分入れ歯を入れた。

 すぐにフロントに戻るかと思ったけど、篠山さんはちょっと言いにくそうに話しかけてきた。


「竹之井さん、あのね、……」


 トイレ掃除をしていた私はトイレブラシと洗剤を持ったまま振り返った。


「はい、……。」


 何だろう、はっきり言えないことかな。もしかして、もしかして、もしかしてだけど、これって、…えっ、トイレ掃除中に告白か?どうしよう、どうしたらいいの?


 ごく短時間に結構いろいろ考えたけど、篠山さんは思い切ったように尋ねてきた。


「グレースの子って僕と目が合うとすぐそらすよね。他のスタッフよりも話しかけてもらえない気がするし。僕、何かしたかなあ。竹之井さんは何か知ってる?」


 ……知ってますとも。でもグレースのメンバーに篠山さんが女の子に興味ないって思われているなんて言えない。本当かどうかもわからないし。

 それにしてもさすがプロのフロントマン。一瞬で本物の金持ちと犯罪者を見分けることができるという、怪しい話は本当かもしれない。


「あのう、代々の先輩からホテルの人と親しくなりすぎて、後でトラブルになると困るから、必要以上に親しくしないように言われています。篠山さんは素敵だから気を付けるようにって。」


「えっ、そうなんだ。あーよかった。ありがとうね、教えてくれて。」


 ああ、その笑顔、とっても素敵なのに……。


 部分入れ歯はもちろん持ち主が引き取りにみえた。


 はどこへ行ったって?なんとバイトの時給が上がるのが二月からだったの!

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