第13話 一夜の夢の宴……?
「信じられない、先生が犯人だったんですか!」
「残念だよ、気づかれてしまうなんて。君は僕のお気に入りの生徒だったのに…。君まで始末しなくてはならなくなった。」
「どうして、何でこんなことを!」
「何で、何で。君も妻と一緒か。少しは自分の頭で考えたらどうだい?何でと聞いたら答えが教えてもらえると思ってるおめでたいやつら。僕はそういうやつが大嫌いなんだよ。考えるために頭がついているんだろう?」
眼鏡の奥のいつもは優しい瞳は、酷薄で冷徹な光を帯びていた。
「でも、君にはたくさん協力してもらったから、死ぬ前に少しだけ教えてあげよう。人を殺して一番困るのは死体だ。山に埋めても骨が出てくるし、海に沈めても死体が海岸に打ち上げられることもある。死体さえすっきりとなくなってしまえば、罪が明るみに出ないこともたくさんあるだろう。だから私は死体をすっかり溶かしてしまう液体を開発した。君に栽培してもらった新品種『
「ハイ、カーット!!」
「すごい迫力ね、演劇部。」
高校演劇の各校が競う夏の大会ではテーマを決めて、戦争、差別、いじめ、等社会問題を扱うことが多い。そのためどうしてもテーマが重くなる。
演じていて楽しくないし、見ていて重い。
だから文化祭くらい自分たちのやりたいことで脚本を書いてしまえばいい。
聖グレースの部活は生徒会さえ反対しなければかなり自由だ。
今年の演劇部長がサスペンス好きなせいで、どうやら文化祭の演目はサスペンスのようだ。脚本は演劇部長と親しい泉先輩が書いた。よもやGが水死した洗剤液からこんなストーリーを導き出すとは。さすが泉先輩だ。尊敬する。
演劇部員だけでは人手不足なので照明係をお掃除部が担当する。
どうせ文化祭当日は暇で、終わった後の掃除が大変なんだから。
台本の指示書き通りにスイッチを入れたり消したりするのは面白い。
「終わった、何もかも。宴斉夢、一夜の夢の宴――。」
ラストシーンは主人公が後ろを向きで少しだけ振り返ったところをゆっくり照明を暗くする。
「もう少し余韻が欲しいからゆっくりフェイドアウトして!」
「了解です。」
演劇部との照明合わせ練習は無事に終わり、効果音係の佐智と部室に着替えに行く。優は美術部と一緒に背景を描いてたけど、どこかな。
「ついさっき、泉先輩が話があるって、一緒に行ったけど。」
「なんだろうね。」
部室への近道で中庭を突っ切ろうとしたとき、少し離れたところに優と泉先輩が見えた。泉先輩は後ろ向きで顔が見えないが、優は珍しく動揺しているみたい。
「ねえ佐智、二人して何話してるのかな、邪魔したらダメかな?」
「しっ、メグ。忍び寄って盗み聞きしよう。」
「突然そんなことを言われても困ります。私…。」
優が戸惑っている顔を私は見たことがあっただろうか。
いつも冷静沈着の四字熟語の彼女が困惑することって。
「残念だわ、すんなり承諾してくれると思っていたのに。私がずっと見ていたこと、気がついていたでしょう?」
泉先輩が後輩を気にかけてくれていることは知っている。
でも一番のお気に入りは私だったらと願っていたのに。
「なぜ私なんですか?」
そう、なぜ優なの。私じゃなくて。
「理由はわかっているはずよ。くだらない質問はやめて、YESと答えてくれればいいの…。」
気が進まないならそこはNOと言ってよ、優。友情のためにも!
「……ねえ佐智、お掃除部も文化祭の劇に出るんだっけ?」
「出ないよ。メグ、何やら込み入ってるみたい。後で優に聞いてみよう。」
「後ろで聞いている二人もちょうどいいわ。話があるの。」
「あ、あの、聞くつもりはなかったんです!」
泉先輩、気がついていたんだ。怖いけど、尊敬するわ。
「優さんに承諾してもらってから言うつもりだったけど、彼女には後期生徒会書記に立候補してもらうわ。生徒会からスカウトされたの。」
「何だ生徒会か。えー、スカウトなんて、すごいじゃない。頑張りなよ、優。」
「ちょっとメグ、生徒会の役員になったら部活がほとんどできなくなるよ。お掃除部の三年の先輩で全然来ない人、生徒会副会長でしょ。」
「そうだっけ?」
「今の生徒会副会長は二年生の前期から生徒会入りしたから、あなたたちとはあまり接点がないわね。でも彼女は今でもお掃除部の一員よ。次の選挙で引退するから、少しだけ部活に戻ってくるわ。」
「優が部活に来なくなるなんて、寂しいよ。」
「私も自信がありません。少し考えさせてください。」
「いいけど、もう明日公示で文化祭の二日後が投票日よ。選択の余地はないから。生徒会選挙は出来レースでいつの間にか決まって、終わっているものよ。」
三人になってから優がぽつりと言う。
「私、今まで通りお掃除部にいたい。生徒会はやりたい人がやればいいのに。」
「やりたい人がいないんじゃない。まあ、私もやりたくないけど。」
「ちょっと佐智、優が困ってるのに…。どうしようね。」
三人寄っても文殊の知恵は出ない。
その時、私たちに救いの神でなく、別の災難が降りかかってきた。
「あなたが神戸優?残念だけど生徒会書記の座はこの中山寺愛梨がいただくわ!」
中山寺さんはパッと目立つ美人でテニス部のエースなのに、日焼け止めとプレー以外はフード付きパーカーやタオルをかぶって美白を守り、髪を複雑に編み込み、たまに「編み込む時間がありませんでした。」と絶対違うだろってゆるふわにカールさせて現れる人だ。家が金持ちらしく、流行りものにはいち早く飛びついて、「あら、知ってますわ。」と知ってるふりではなく、本当に知っているある意味元気な人だ。
「中山寺さん、あなたって私と優と同じクラスじゃないの。クラスメイトも覚えてないの?頭大丈夫?」
「うるさいわね。竹之井恵!こういう時のお決まりのセリフじゃない。」
私たちはその時、どーぞどーぞ、という気持ちだったのに、中山寺さんは優の逆鱗に触れるようなことを言いまくった。
「生徒会メンバーになるには神戸さんではパッとしないわねえ。お友達も同じでパッとしないし。部活も地味なお掃除部で。フフッ日陰で雑巾がけか草むしりをしているのがお似合いよ。」
「……よくも言ってくれたわね。私のことだけならまだしも、メグや佐智のこと、パッとしないとか地味で十人並みとか日陰者とか。お掃除部のこと、雑巾がけや草むしりや雑用やってるだけとかそんなこと部活でやる意味あるのとか部長が変わりものとか、許さないわよ!」
「ちょっと、落ち着いて優。一息で言ってるけど、中山寺さんそんなに言ってなかったと思うよ。」
「これが落ち着いていられる?こんな侮辱を受けて。いいわ、正々堂々と勝負しようじゃないの。生徒会書記の座はあなたには渡さないわ。メグ、すぐに泉先輩に連絡して立候補の届け出用紙もらってきてちょうだい。佐智、戦略を練るわよ。」
こうして私たちは文化祭どころではなく、生徒会選挙に突入することになった。
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