第10話 バスルームで滝行?
「すみません、一年生の芦谷さんが血を見て貧血を起こしたみたいです。部屋で休ませていいですか?」
優は許可を取っている口調だが、さっさと芦谷ちゃんを調理場から連れ出した。
「三田さんと川西さんはスタッフの指示に従って。佐智は泉先輩に知らせて。メグ、取りあえず私たちの部屋に運びましょう。」
ぐったりした芦谷ちゃんを両側から支えて部屋にたどり着く。
「メグ、湯船にお湯を張って。」
「了解。」
これは貧血じゃないな。
説明なしだけど、優の指示に従ったほうがいい。
「芦谷ちゃん一人で大丈夫?私手助けしようか。」
「そうしてくれる?バスソルト、残ってるの全部入れちゃって。」
優が手早く服を脱がせた芦谷ちゃんを、お風呂に漬けこんで、シャワーで頭からお湯をかける。
「ついでにシャンプーとリンスしてくれる?その方が清められるから。」
「まかせて。」
元気はないけど、意識はあるのでお風呂に溺れさせることなく念入りに芦谷ちゃんを清め上げた。佐智のパジャマを着せて、ベットに寝かせて布団でくるみこむ。
「一体何がどうなってるの?」
「多分だけど、芦谷さん呪ったわね。」
芦谷ちゃんはおびえた顔で優を見た。
ちょうどそこへ佐智と泉先輩と三田ちゃんと川西ちゃんが部屋に到着する。
一年生の話と、泉先輩の話からすると、どうやら社員食堂の人手が足りず、一年生が助っ人に回されたらしい。お掃除スタッフには私たちが現在(親)と将来の大切な客筋であるのを言い含められていて、大変丁寧に優しく接してくださっている。
だけど社員食堂の調理場の人は、人手が足りないからアルバイトに来た若い子だと思って、ガンガンこき使ったらしい。
「もっと手早くできないのかとか、遅い、そんなんじゃ間に合わないとか、ぐずぐずしていないでとか、私たち、一生懸命やったんですけど……。」
川西ちゃんが半泣きで訴えた。
半年前まで中学生だった、そこそこいいとこの女子高生が高速でネギとかキャベツを切れるわけはない。切れる人もいるだろうが私たちはお掃除に来ている。
まして、初めて入った調理場ではまごつくことばかりだったろう。
「芦谷ちゃんが、あのクソババアっ言ってにらんだすぐ後で、私たちを指導していたおばさんが手を切る騒ぎが起きて…。」
「わかったわ。」
泉先輩が芦谷ちゃんのほうを見た。
「もう少し後で、と思っていたけど、みんなにも言っておいたほうがいいわね。芦谷ちゃんは人よりも呪う力が強いのよ。その反動で、体調が悪くなるの。だから普段から気を付けて清める修行をしたほうがいいわ。わかっていれば対策は立てられるから心配しないで。」
「私、このままで大丈夫ですか?」
「優さん、対処法よかったわよ。本当は滝に打たれたほうがいいかもしれないけど、シャワーで十分だと思うわ。芦谷ちゃん、今日はプラスパワーの強い、佐智さんと同じ部屋で寝なさい。元気になるわ。」
「ちょっと待ってください!」
「三田ちゃん、川西ちゃん、私のこと怖いよね。ごめん。」
「何言ってるのよ、違うわよ。私が呪えるものならとっくに調理場は血の海よ。そうじゃなくて芦谷ちゃん、二年生の先輩の部屋で寝るの?」
「そうよ、狡い!私も優先輩と一緒に寝たいのに!調理場のクソババアには、私が復讐してやるから任せといて!」
「…ありがとう、三田ちゃん、川西ちゃん。」
すったもんだの挙句、優が一年生の部屋に泊まることになり、私と佐智が芦谷ちゃんと寝ることになった。
「大丈夫だよ、困ったときはグレースの先輩や友達に相談すれば。」
そう、私も泉先輩から言われた。
「私だって、芦谷ちゃんの味方だよ。佐智も優も、泉先輩も。」
そして復讐劇の幕は上がった――。
翌日、芦谷ちゃんは佐智と一緒に客室清掃に行き、私と志願した三田ちゃんと川西ちゃんが社員食堂に回された。話がされているようで、こき使われることなく丁寧な扱いで安心する。
すると、フロントのお局様が一人の男の人と一緒にやってきた。
誰だろうと思う間もなく、川西ちゃんが駆け寄る。
「パパ!来てくれたの?」
「娘のピンチには駆けつけないと。パパが来たからもう大丈夫だよ。」
(よくも大事なうちの娘と友達をこき使ってくれたなあ。お前ら、どんだけの腕前じゃ!ぬるい仕事したら許さんで。)
そういうと、川西父は料理人さんが着る白いコックコート身に着け、マイ包丁セットから包丁を取り出してキリリと調理場スタッフを見渡す。
「野菜出して、何を作るか教えてください。下ごしらえしますので。」
そういうと、ものすごい速さでニンジンやピーマンや白菜を刻んでいく。
この人、素人じゃない。
「川西ちゃん、お父さん、料理人?」
「うーん、調理師専門学校の先生してます。」
ゆでたウズラの卵の殻をひたすらむきながら訊ねると、驚きの答えが。
すると、気難しいと噂の洋食部門の料理長が何事かと顔を出す。
「社員食堂で何かトラブル……! 川西先輩じゃないですか、こんなところで何してるんすか!」
「おお、お前、ここにいたのか!いや、娘が少しだけアルバイトしているんだが、手が遅くて迷惑かけているそうで。助っ人に来たよ。」
「こんなところで豚肉に下味付けてないで、洋食の調理場に来てくださいよ。今、新メニューのアイディアが煮詰まってて。アドバイスをお願いします。」
「だが、ここの…。」
「おい、洋食のほうから一人呼んできてここ手伝って!さあさあ先輩。」
途中で連れ去られてしまったが、川西父のおかげでほとんど作業は終わって、私たちは出来上がりの日替わり定食(中華丼)をカウンターに運んだり、使った食器を洗浄機で洗ったりとそこそこ活躍した。調理場の人たちはあの気難しい洋食料理長が仲良くする父を持つ川西ちゃんを少しばかり恐れているようだ。
さらに翌日、川西父がまた来そうな勢いだったが丁重にお断りしたものの、今度は聖グレースの料理部がやってきた。
「表のレストランの厨房は無理でも、社員食堂の調理室で勉強させてください。」
(よくもまあ、聖グレースを低く見てくれたものね。例え他の部の人が受けた屈辱でも晴さでおくべきか~。)
料理部は奇をてらった新メニューは苦手だが、基本には忠実。そして手早い。
さらに作業が終わった後、さっと片付けるから調理が出来上がると同時に片付けも終わっている。この高等技術を私たちお掃除部に求められても無理で、遅いとか、手際が悪いとか言われても仕方がないかもしれないが……。
「ちょっと待って、もともと私たちは客室清掃に来たのよっ!なんで社員食堂で包丁やピーラーを握らなくてはならないの!」
「復讐も十分済んだでしょ。あとは料理部に任せて客室清掃に戻りましょう。」
「泉先輩、どうして料理部が現れたんですか?」
「
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