第9話 類は友を呼んだ?
合宿が進むにつれて一緒にやっているパートのおばちゃんたちとも仲良くなる。
皆さん、私たちの倍は働く四十から六十代の選ばれし精鋭たちばかりだ。
個人差、という言葉が脳内にクローズアップされた。
しかも、佐智によると七十代も二人くらい混じっているらしい。
その中に千代さんというアラフィフのおばちゃんがいる。
千代さんは去年も今年も私たちに清掃のアドバイスをしてくれる世話好きなおばちゃんで、私は師匠とあがめていた。
「千代さん、今日も祈ってますね。私も祈ります。」
千代さんは仕事の前に祈る人だ。
去年、何を祈っているのか聞くと、「きれいな部屋に当たりますように。それからチェックアウトが遅いお客様がいませんように。」って教えてくれた。自分のことばかりのようだけど、まず自分がうまくいかないと、同じフロア担当の仲間をカバーできないからだそうだ。
自分と仲間がうまくいくように祈ったらいいのにって言ったら、「メグちゃんあんた、いい事言うわね。そうするわ。」って私の意見を取り入れてくれた。
千代さんのベットメイクを一度見せてもらったけど、無駄な動きが一つもない完璧な動作で、簡単そうにピシッとシーツを張っていた。しかも短時間で。他のおばちゃんに聞いところ、千代さんはアラフィフだけど仲間内のエースだそう。
「便器にちょっとアレがついてても呼ばれてやり直しなんですよ。はぁ。」
「メグちゃん、そういう時はこれ。あげるわ。」
千代さんはシュピッと白いメラミンスポンジを投げ渡してくれた。
ホテルの客室係は頑固な長年ため込んだ汚れを落とすのではない。
一人が一泊、泊まっただけの部屋を清掃するので、特殊な洗剤は使わず家庭でも使っているくらいの洗剤の業務用版で、めちゃめちゃ汚れを落とせるものではない。そこで個人的にメラミンスポンジを使うらしい。
「でも千代さん、私がこれ貰ったら、千代さんが困りませんか?」
「あ、ロッカーに新しいのあるからいいわよ。」
千代さんはロッカーから新しいのを取り出す。
……師匠、弟子に新品をくださいよ。
「それよりメグちゃん、今日のチェック係はお局様よ。気合い入れてね。」
「ギャッ、お局様ですかー。」
お局様はアラフォーのフロント係のおばさん……で、言ってることは正しいけど、言い方がねちねちしていてしつこい。ゆっくりと時間をかけてやっていいならミスしないように気を付けるけど、ある程度時間制限があってしかも終わりのほうになると
疲れてきてうっかり歯ブラシを入れ忘れたりバスタブの洗い残しなどのミスをする。
「竹之井さん、バスタブの向こう側が洗えていないわ。ちゃんと手で触ったらわかるはずでしょ。いつも触ってるの?」
「はい、やってます。」
「じゃあどうしてこのバスタブはざらざらしているのかしら。本当に毎回触ってる?」
「はい、やってます。これはたまたま触り忘れました。」
「たまたま忘れただけかしら、いつも触ってないんじゃ……。」
と結構、果てしなく注意される。ここは東京の一流ホテルではない。地方都市の駅近ホテルなのに。もう大人しく、はい、はい、すみませんでした、と言うほうがいい気がしている。お局様はおばちゃんたちにも不人気で、将来職場での身の処し方の勉強になるなあって思っているのは私だけか……。
「メグちゃん、今日やるフロアには家のリフォーム中で滞在していて暇を持て余したお客様がいらっしゃるから、捕まらないようにね。話したくてしょうがないうえに、長いから。」
「はい、気を付けます。」
私としてはお化けでなければお話くらいはかまわないのだが、話しているところをお局様に見られたら、後でもっと長い注意を聞かされることになるな。
「メグちゃんは何に困っているのか言ってくれるからアドバイスしやすいよ。」
「えー、でも、初めは何が何だかって感じでしたけど。」
この仕事、パートだし学校出てすぐ就く仕事じゃないだろうけど、将来の選択肢の一つに覚えておいてもいいな。パートに出なきゃならなくなることはあり得る。
「今日はやり直しって呼ばれないように頑張りますので、お助けください。」
千代さんと二人で祈る。もちろん、祈っても無駄、当たった部屋を掃除していくだけ、という勇者もいるけれど。
お局様は何があったのか知らないけれど今日は機嫌がいいらしく、何も注意されないでやり終えることができた。
「勝った!私はお局様に勝ったわ!ありがとうございます。私の祈りを聞き届けてくださって。」
「メグったら勝ち負けじゃないでしょう。」
優と佐智がお昼ごはんに誘いに来てくれた。
社員食堂は日替わり定食と麺類しかないけど、安いし去年はとってもおいしかった。今年は何故かいまいちだけど、贅沢が言える立場じゃないし。
食堂につくと、調理場の中でちょっとした騒ぎが起こっていた。
調理係のおばさんが包丁で少し深く指を切ったらしく、手当の心得のあるスタッフが駆けつけていた。
「あれ、なんで調理場の中に一年生たちがいるの?」
「佐智、それより芦谷ちゃんの顔色が真っ白だよ。血を見て貧血でも起こしたのかも。」
「メグ、佐智、行くわよ。」
優が調理場に向かって走り、私と佐智は後を追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます